33.b.
2014 / 06 / 10 ( Tue )
 大聖堂の最上階には個人で使える礼拝室が幾つかある。人ひとりしか快適に過ごせないような狭い部屋の中、光源は三つ――机の上の蝋燭立て、聖堂を望める縦長の窓、ひし形の天窓。今はまだかろうじて自然光だけで明るい時刻だ。

 部屋の中に椅子は無かった。代わりに長時間跪いていられるようにと置かれた柔らかいクリーム色の座布団が一枚、低い机の前にある。
 長方形の机には引き出しに祈祷書や聖歌集、そして白紙と筆記用具が備えられている。白紙は祈祷を通して得られた発見や気持ちなどをしたためたり、祈りや歌を書写する為の物だ。

 座布団の上に正座し、清めた身体から火照りが冷めていくのをぼんやり感じていた。体内から零れて散っていく温かさを惜しむようにミスリアは靴下のみに覆われた足を白いスカートの裾に包(くる)み、両手を擦り合わせた。

 礼拝室は壁の色からカーペットや家具に至るまで、明るい色をベースにまとめられている。
 通常であればもう精神は統一しやすい状態になっているはずだった。身を清めて純白の衣装に袖を通し、靴を脱いで穢れなき部屋に踏み込めば、その時点で準備は整っている。

 机を構築するオーク材の香りが心をいくらか安らがせてくれる。
 それでも胸の内がざわつき、思考がまぜこぜになっているのは変わらない。

(落ち着いて……、頭の中をちゃんと真っ白にしてから……)
 そうは思ってもうまく行かない。
(聖気、を…………急がなきゃ……)
 あちらこちらへと気持ちが浮遊していて物思いに耽ることさえできない。アミュレットを右掌にのせて何度か深呼吸をしてみた。

 どうすれば考えを整理できるのか。
 なんとなしに引き出しを引いて中身を改めて確かめた。

 ふと、筆記用具がミスリアの興味を引いた。羽ペンとインクボトルを取り出して机の上に置き、次いで白紙に指を触れた。カサリ、爪の先をそっと引っ掻いてしまう。

「そうだ、手紙を書こう」
 名案に辿り着いて、独り言が漏れた。
 誰かに語る形式なら物事を順序良く並べ替えながら思い出せる。それもせっかく書くのだから、実際に手紙を出してみることにしよう。

 机の前で膝立ちになって姿勢を正し、ペンにインクをつけ、そうしてミスリアは自身が唯一友人と呼べる人物に向けて手紙を書き綴った。

 ――親愛なるカイルサィート・デューセ様

 お久しぶりです。元気に過ごしていますでしょうか。
 こちらは貴方と別れた後も多くの試練に遭いました。良ければ話させてください。
 ミスリアはすらすらと書き綴った。ありのままに出来事を連ねるだけなのだから、主観を交えずになるべく簡潔に書き、文の読みやすさなどはあまり意識しないことにした。それはまた後日書き直してもいいし、カイルのことだからきっと気にせずに読んでくれると想定して直さずに出してもいい。

 まずはユリャン山脈付近での集落に起きた悲劇を語った。それから山賊団と関わったこと、イトゥ=エンキを伴って山越えをしたこと、樹海を通り抜けてナキロスの町を訪れたことを書いた。ナキロスの町で教皇猊下に会って聖地を巡る意味を再考させられたことも綴った。

 思い返しながらも時々沸き起こる悔恨を感情の中枢から切り離して、ペンを進める。

(さすがに自分がさらわれた話をするのは少し恥ずかしいかも……)
 手を止め、ミスリアは一人苦笑いをした。時が経っても、味わった恐怖が悪夢に蘇ることは度々ある。
 それでも語った。ただし、ゲズゥと交わした会話の一部は紙面に載せずに端折る。

 やがてイマリナ=タユスを訪れて仇討ち少年や魔物討伐について書き出した頃、五枚目の紙に突入していた。
 無力さに打ちひしがれての後味は鮮明だ。手先が小刻みに震え、黒いインクが数滴弾けて欄外に落ちた。

 時間が惜しい。
 今の自分が最も必要としているのはこの先を想うことだ。
 震える右手を左手で掴んで押さえた。ミスリアはもう一度深呼吸し、白紙と向き直る。

 河辺での恐ろしい夜が明けて、まだ戦闘の疲れも癒えきらない頃。激しく言い争う声で目が覚め、私は
 またもや手が止まる。
 視線は宙をさ迷い、脳裏には三日前の出来事が浮かび上がっていた――。

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