30.e.
2014 / 03 / 20 ( Thu )
 地上へ続く階段を無心に駆け上がって、上り切ったら今度は路上に出るつもりで駆ける。
 その後はどこへ向かえばいいのか全く当てが無いけれど、ミスリアは足を止めなかった。
 案外、探し人はすぐに見つかった。リーデンが居を構える建物から数歩も離れていない位置に彼は佇んでいた。

(――っ、こんなに)
 ……安心するとは思わなかった。堪えていた涙が目元に少し滲み出たのは、午後の陽射しが眩しいからってだけではない。

 黒曜石に似た瞳が湛える静けさの中に、ついさっき露わになった激情は残っていない。だからだろうか、目が合った途端、さざなみ立っていた気持ちが少しだけ落ち着いた。
 長身の青年は、息を切らして膝に手をつけるミスリアを、怪訝そうに見下ろす。

「そんなに慌てずとも、別に置いて行ったりしない」
 彼は草か枝のようなものを一本口に咥えたまま無機質に言った。
「あ、はい。ありがとうございます」
 何故か熱が顔に集中したように感じて、思わず目を逸らした。そんな言葉をかけてもらえて――嬉しい、のかもしれない。言った方には喜ばせるつもりなど無かったとしても。

「そ、それで今日はどちらへ向かいますか?」
 気持ちを切り替え、笑顔を作って改めて訊ねた。今はまだ、地下に潜む銀髪の美青年について触れたい気分ではなかった。きっとゲズゥも話題にしたいとは思わないだろう。

「…………昨日の子供を探す」
 理由も無くなんとなく散策するのかと思っていたミスリアは、意外な答えに目を見開いた。
(あの子のことを心配しての行動なら感心するところだけれど)
 そう考えるのはどこか的外れな気がした。

「でも街に居るとは考えにくいですよね? 昨晩はあんな外れに居た訳ですし」
「おそらく高い所に行けば遭遇する」
「高い所?」
 訊き返したものの、返事は無かった。

 ゲズゥは黒いコートの裾を翻してさっさと歩き出していた。ミスリアもその後に続く。
 彼は時折止まっては周囲を見回し、行き先を決めているようだった。

(高い場所から町全体を見下ろして探す……? そんな言い方じゃなかったわ。おそらく遭遇する、ってどういう意味だろう)
 考えうる可能性があるとしたら、それは例の少年の方がこちらを探している場合――高い所に立って姿を見せるだけで近付いてくるはずだ。しかしそれならば何故探すのか、何故ゲズゥにその予想がついたのか、わからないことだらけになる。

 路地裏の迷路を抜けると今度は街をうろつき、やがて更なる紆余曲折を経てやっとゲズゥは立ち止まった。
 街の北端だろうか。草が繁茂した地域に、水道橋の一部がそびえ立っている。

 80フィート(約24.3メートル)をゆうに超える水道橋は、壊れた状態よりむしろ建設中に計画が放棄された風に見えた。一番高い所は二段目まで完成しており、一番低い所は一段目の柱のレンガが途中までしか積み上げられていない。

 ――悪い予感がする。
 おそるおそると隣のゲズゥを見上げると、彼は一言「のぼる」とだけ呟いた。

「あれを、登るんですね……!」
「嫌なら地上で待っててもいいが」
「……一番高い位置まで行く気ですか?」
「そうだな」
「わかりました。私は下で待ってます」

 とりあえずは妥協することにした。
 ああ、とだけ答えて、ゲズゥは古びたレンガに手を付ける。慣れた手つきで上へ上へと登っていく彼の後ろ姿を見届けてから、ミスリアは登りやすそうな所を探した。
 一番高いとまでは行かなくとも、少しでも登ってイマリナ=タユスを見下ろしてみたい気分である。

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