28.b.
2013 / 12 / 30 ( Mon )
 地図のままに進み、四十分ほどして二人は東街道に着いた。半分は路地裏の迷路から出るのに要した時間である。
 イマリナ=タユスの構造は縦に厚く、特に河近くとなると三段以上に町が重なっている。街道の東側、階段を下りた所には一番低い段があって、そこは港に繋がっている。

 西側は階段を登れば更に高い段――先程居た噴水広場や大通りを含んだ場所――へと繋がる。が、階段を登らずにアーチをくぐればまだ町の二段目の続きが広がっている。流石は都と呼ばれる規模の町、地図があっても十分に迷えた。

 はぐれないようにかミスリアはずっとゲズゥの裾を握っていた。てくてく歩きながらも物珍しそうな顔で周りの店や屋台、道端で演舞を披露する踊り子、地面に座り込んで賭けチェスに熱中する連中、鍋から揚げ物を掬い出して売る老婆、などを観察している。

「それにしてもリーデンさんが買って欲しいと言うこの――ちゃく……チャクラム? って何なんでしょうか」
「大量に身に着けている鉄の輪」
「え? あの輪っかをあと二十個も買うんですか? よっぽど好きなんですね」

「……?」ゲズゥは立ち止まってミスリアを見下ろした。「まさかお前には装飾品にでも見えたのか」
「装飾品じゃないんですか」
 不思議そうにミスリアが訊ねる。
 返事の代わりにゲズゥは右手を開いた。そこには掌よりも少し小さい、チャクラムと呼ばれる鉄の輪が乗っている。

「血……!?」
「刃物だからな」
 雑な受け取り方をしたため、外側の刃によって皮膚がザックリと切れてしまっていた。面倒臭くて手当ては後回しにしている。これくらいの傷でミスリアの聖気に頼るのも馬鹿げているので、彼女が言い出す前に己の拳を再び握って閉じた。

「アレは全身凶器。本質では俺よりもずっと物騒だ」
 そう断言しながらチャクラムをミスリアに渡した。ミスリアは戦輪を注意深く受け取って眺めた。鋭利さを確かめる為に、白い指先をそっと刃に押し当てている。

「本当に凶器なんですね。腕輪や耳飾まで全部刃物だなんて……あ、帯にも」
「指に挟んで投げたり指で回して飛ばす、中・遠距離用の飛び道具だ。よく切れる」
 そしてゲズゥの記憶が正しければ、リーデンは懐にナイフを隠し持ち、ブーツの先と踵にも刃物を仕込んでいるはずだった。まさに全身凶器である。

「何だか、リーデンさんの印象を思い直さないといけない気がしてきました」
「そうしておけ」
 その方がお前の身の為でもある、とまでは言わなかった。

 数分後、リーデンの地図に記された一角を見つけた。屋台の武器商人は最初は強気な態度だったが、リーデンのチャクラムを目にした途端にみるみる青ざめ、こちらの言い値にあっさり従った。ついでに二個、オマケしてもらった。
 品物の詰められた革袋を商人から受け取り、ミスリアが紙幣を払い渡していると、上から何やら女の声が降ってきた。

「この世界は今、病んでいます」
 直後に観衆か何かの応援の喚声が響いた。
「演説ですか?」
 商人から釣りを受け取る最中のミスリアが振り返る。

「――大陸を蝕むこの病に罹らない地などありません! 一見平和そうな村にも、戦に明け暮れる国にも、魔物は現れます!」
 声は音量を上げてまた響いてきた。

「最近この町に来た聖女サマだってよ。民衆の支持なんか集めたって魔物は倒れないだろーに、何のつもりだかね。いつもはあそこの演台はニュースとかお触れを伝えるおっちゃんが居るはずなんだ」
 商人は演説を聞いても感銘を受けなかったのだろう、不満そうにぼやいている。

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