28.a.
2013 / 12 / 29 ( Sun )
 ゲズゥ・スディル・クレインカティは、弟が苦手だった。小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに、今となっては同じ空間に居るだけで気疲れする。たまに会うことはあっても、好んで行動を共にすることはない。

 どこかで元気に生きていればそれで十分――ずっとそう思っていたのにわざわざ今更リーデンを捜したのは、ミスリアに言われた言葉に思う所があったからだ。
 そうして無事に会えたはいいが、これからどうしたいのかまでは、まだゲズゥ自身にも整理しきれていない。

 一方、リーデンの告白を聞いてから数分、未だにミスリアは新事実を飲み込めずにいるのか、難しい顔をして唸っている。

「呪いの眼の一族の生き残りはたった一人だけでは?」
「厳密には一人じゃない、と前に言った」
 これにはゲズゥが答えた。数ヶ月前、まだ故郷の村の近くに居た頃の話である。

「…………そういえばそうでしたね。全然話題に上らないので接点の無い遠い親戚の方かと思ってました。まさか弟さんとは」
「僕は普段は正体隠してるしねー」
「今しがた、軽く明かしたが」

「聖女さんは特別。表情も口数も少なくてつまんない兄さんと、飽きずに一緒に居てくれてる人だもんね」
 兄の抗議に対し、弟はふふっと笑った。
「つまらないだなんて思ってません」
 ミスリアの大きな茶色の瞳が困惑気味に瞬(しばた)く。

「そう? 女の子はもっとこう、お喋りするオトモダチが欲しいでしょ。こーんな愛敬の無い人と歩いても楽しくないよ、間が持たないよ」
 などとリーデンが言うと、ミスリアは苦笑交じりに「楽しさを求める旅では……」と答える。

「…………」
 胡乱な目でゲズゥは弟を見つめた。
「どうかした?」
 緑色の右目と「呪いの眼」たる左目が視線を返す。

 相変わらずこの男は、人を馬鹿にしたような笑い方をする。しかし何故かそういった印象を受けるのはゲズゥだけで、周りの人間は老若男女共にこの笑顔の前では魂を奪われたように無防備になる。奇怪な現象だと常々思う。
 それはそうと、確かにゲズゥは一つ気になっていることがあった。

「クレインカティの名を浮上させたのはお前か」
「えー? 何のことかなー?」
 わざとらしいとぼけ方がいちいち癇に障る。行いを認めているようなものだが、意図までは見えて来ない。

 ――舌はよく回るくせに、肝心なことだけは言わない。
 他人の本心を勘で探り取るタイプのゲズゥにとってリーデンは接しにくい相手だった。

「兄さん、そんな話よりさー」
 リーデンの声が急に低くなった。
「僕に助けを求めたならいつでも出してあげたのに」
 弟の独り言なのか質問なのかよくわからない呟きに、ゲズゥは答えないことにした。

「今回も脱獄するのかと思ってたから放置したんだよ。まさか処刑台まで行くなんて思わないじゃん」
「…………」
「本気で殺されてやるつもりだったの?」

「あのまま処刑が進行していれば死んだだろうな」
 どこか他人事のようにゲズゥは抑揚の無い声で言った。
 ――疑う余地も無く、ミスリアが到着していなければ、その日に人としての一生が終わっていた――。

「僕はそーゆーことが聞きたいんじゃない」
 苛立ちを隠さない声が返ってきた。リーデンは左手で頬杖ついて、右手の指先でトントンとテーブルを弾いている。

 リーデンが怒る理由はわかっている。その上で、どうしてやるのが一番良いのかがわからない。わからないままもう十二年も過ぎている。
 そして今もまた、ゲズゥは背を向けるしかできない。

「どこ行くの」
「街に出る。……ミスリア」
「あ、は、はい」
 背後から少女が急いで立ち上がる音が聴こえた。

「はあ、もう、しょうがないなぁ。話はまた後ね、どうせ僕も用事で忙しいから」
 諦めたようにリーデンが言った。
「で、街に出るんなら買い物頼まれてくれないかな。君たち、この国の紙幣持ってる?」
「ゼテミアン公国で使っていた紙幣ならあります」

「うん、共通してるからそれで大丈夫。どうせしばらくイマリナ=タユスに滞在するでしょ? ココ泊めてあげるかわりに、ちょっとパシられてくれない」
 振り返ると、リーデンはミスリアに何か手描きの地図とメモを渡していた。

「東側の街道で、ここに書いてある品物をこの値段以下で買ってね。相手が渋るようならコレ見せればいいから」
 リーデンの左手が素早く動いて、何か煌めく物を飛ばしてきた。ゲズゥは片手でそれを受け取ると、一瞬の鋭い痛みを覚えた。掌を開かなくても何であるのかは察しが付く。

「じゃあ、気を付けていってらっしゃい~」
 まるで普通の家族が交わす普通の挨拶みたく、やたら整った顔が笑ってみせた。
「いってきます」
 ミスリアが律儀に挨拶を返す。
 その頃にはゲズゥはもう扉を押していた。

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