27.f.
2013 / 11 / 28 ( Thu )
(……自分の足で立とうとしない人間に厳しいのは、彼自身が乗り越えた問題だから?)
 ふとそう思った。
 そして「僕ら」と言った以上、彼らは過去に一緒に生活していたのだろうか。
(飛躍しすぎかしら。二人ともそれぞれに同じ風に生きていたってだけかもしれないし)
 訊きたい――でも未だにゲズゥからは不機嫌そうな波動が発せられている。今は諦めるべきだとミスリアは判断した。

 やがてリーデンは一階建ての建物の前で足を止めた。
 人の気配はしない。建物は廃棄されて久しいようで、壊れた扉が開けっ放しになっている。

 ギッ、ギッ、と扉が揺れ軋む音が小さく響く。
 訳もなくミスリアは生唾を飲み込み、忍び足で踏み込んだ。

「ここがリーデンさんのご自宅ですか?」と訊ねると、「違うね。たまに、色々な用途で他人に貸し出している場所の一つだよ。誰も使ってない時に泊まったりするけど」などと微妙に要領を得ない説明が返る。

 そんな建物の中には真っ暗な空間が広がっていた。
 火を灯さずとも外はそこそこ明るい午後の曇り空であり、普通なら全くの闇にはならないはずである。即ち建物には窓一つ無い。
 壊れた扉から伸びる淡い光が、ゆりかごみたいにゆらゆらと優しく揺れている。

「居住空間は地下ね」
 躊躇いなくリーデンはゆりかごから踏み出し、闇に呑みこまれて行った。

(あ、待って)
 呼び止めようと手を伸ばしかける。止まってはくれないだろうとわかっていながら。
 数秒ほど立ち尽くしたが、背後にゲズゥの視線を感じ、仕方なく歩き出した。リーデンの足音を追って慎重に進む。

 ようやく下り階段を見つけて降り始めると同時に、ミスリアは独り言を漏らした。

「全員救えなくとも、たった一人の為にできることがあるなら、私はそれを無駄な試みだとは思いません」
 それはさっきの地上での会話を思っての言葉だった。
「お前はそうだろうな」
 背後から相槌があった。
「でもやっぱり……総てを守ろうと、理想を追い求める人間もこの世界には必要ではないでしょうか」
 ミスリアは教皇猊下と友人のカイルを思い浮かべた。ミスリアの知る中で一番、大きな目的を果たせる人たちだ。町一つの状態を改善することだって、きっとできる。

「偽善だと思いますか?」
「実現できれば偽善の域を出る」
「……そうかもしれませんね」
「目指す気か」

「いいえ、私は一人ずつ向き合うのが精一杯ですよ」
 ミスリアは小さく苦笑した。
「――ああ」
 一瞬、何か違和感を感じた。

(……笑った?)
 振り返った所で暗闇の中からその顔を見出すことはできないし、はっきりと笑い声を聞いたわけでもない。ただ、そんな気がしただけである。
(まさか、ね)
 話を打ち切り、二人は階下まで降りた。

 先に下に着いたリーデンがいつの間にか火を点けている。
 鉛色の、見るからに重そうな、大きな扉の前に出た。扉の取っ手の周りには何か特種な錠が施されているらしい。

「ちょっと待ってねー。ダイヤルを回して五桁の暗証番号を揃えるだけだから」
 とリーデンはにっこり言って、早速錠を外しにかかった。中指だけで手早くダイヤルを弾いている。
 取っ手は六角形の額みたいな物に囲まれ、角に一つずつ錠が位置している。つまりリーデンは五桁の数字を六つ記憶していることになる。

 素直に凄いと思った。長い詩や聖歌は暗記できても、ミスリアは数字にはそこまでの自信が無い――と言っても、これほどまでに厳重な仕掛けも初めて見るけれど。

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