26.d.
2013 / 09 / 24 ( Tue )
 鉄串の罠よりも発動するのが速い。とはいえこちらの罠も岩に重みを乗せた所為で発動した。試しに、ゲズゥは高く跳び上がってみた。
 すると炎の威力が心なしか弱まったように見えたが、それでも、容易に飛び越えられる高さにはならなかった。一度発動するとしばらくは解除されない設定なのかもしれない。

 実に驚くべき技術力である。そして、驚くべき技術力の無駄遣いである。
 精密な機械を編み出せるのなら、その力を生産的な用途に応用するか、せめて戦場を制圧できる兵器を創るぐらいをすればいいだろうに。己の城を守る為に使っているのを見ると、どうにも城主は臆病な性格に感じられた。罠が多ければ多い程、城主が外出をしない閉鎖的な生活を送っているとも推測できる……。

 そんなことよりも今は、至近距離からの高熱に応じて滲み出る汗が、シャツを濡らしていく。時間が惜しい。ゲズゥはもう一度跳び上がってみた。
 炎を消す術が無いのなら、無理矢理にでも突破するしかない。崖上の町で買ったこのブーツも多少は耐熱性があるだろう。そのまま次の岩めがけて跳んだ――形からして今度は鉄串の罠が来るはずだ。

 着地しても、何も起こらなかった。誤作動だろうか、音もせず、罠も発動しなかった。理由はわからないがこの岩は安全なのだろう。
 ゲズゥはこの機会を利用してズボンに水をかけた。炎の檻を強行突破した際に点火していたからだ。火が移ったのがズボンだけだったのは、運が良かったとしか言えない。何度か水をかけるうちに火はおさまり、しかし皮膚には軽い火傷が残った。

 突然、背筋がざわついた。
 反射的にゲズゥは全身を硬直させる。
 縦長の瞳孔を含んだ黄ばんだ双眸が、闇の中に何組も浮かんでいる。それだけなら良かったが、それらが急速に迫って来ている。アリゲーターは、その巨体からは想像つかないような速さで動く。

 ――戦うか、逃げるか――
 ゲズゥは素早く背中の方へと左手を伸ばした。パチン、と背負っていた剣の鞘の留め具を外す。留め具が外れると、大剣を収める二枚合わせの鞘が、バネを使った仕掛けによってパカリと開いた。

 そして右手で柄を握り、剣を抜いて構える。それとほぼ同時に、黒い塊が一つ、こちらに向かって突進して来た。

 水飛沫が四方に跳ねた。
 ゲズゥは無心に剣を振り落した。すんでの所で襲い掛かるアリゲーターを一刀両断し、かくして水飛沫に大量の血飛沫が混じる。そのさなかに立つゲズゥは勿論、濃厚な血の臭いを浴びた。

 またしても命を落としたのが己ではなく獣の方で良かった。が、そう何度も巧くことが運ぶはずがない。しかも血の臭いでアリゲーターたちは興奮し出している。ゲズゥは残る岩の道を急いで渡った。

 それから更に何度も罠に翻弄され、獣の顎をかわし、数分後には城の外壁に辿り着いた。既にその頃には全身に打撲や火傷を負っている。全くもって面倒臭い堀だ。帰りは何とか架け橋の下ろし方を探すべきだろう。

 石造りの壁に歩み寄り、思わずそこに左手を付いた。
 視線だけ先に壁を上らせると、見張りの兵士らしい人影が幾つか見える。皆、どこかだらけた姿勢である。これならすぐに矢で射殺される予感はしないし、或いは発見されずに壁を上れるかもしれない。

 問題は、壁を上る手段が無い点ではあるが。
 今更ながら、あの曲刀を国境に置いて行くんじゃなかった、とゲズゥは舌打ちした。

「ケタケタケタケタケタ」
 歯を鳴らす音と笑い声が混じったみたいな変な音が頭上からしたかと思えば、何とも形容しがたい腐臭が鼻孔に届いた。
 思えば、堀の罠にかかって死んだ人間は少なくないだろう。それらが魔物と化しても何ら不思議はない。

 随分と長い夜になりそうだ、とゲズゥは疲労を蓄積しつつある身体に対して苦笑した。
 ところが件の魔物の姿を両目で捉えると、意外な作戦を思い付いた。

 アリゲーターなどよりも遥かに巨大な化け物が、ずるずると外壁を伝って降りてきている。蛇のようにも見えるが、所々、不自然な位置に左右非対称に人間の手足が生えている。

 決して俊敏な動きとは言えない。
 こいつは利用できる――そう確信して、ゲズゥは返り血のこびりついた手で剣を構え直した。

_______

「大丈夫。大丈夫だから、そんなに怖がらないで。じっとしてるだけでいいの」
 ミスリアは怯える小さな少女たちに精一杯優しく声をかけたものの、通じた自信は無かった。反応が無いと見ると、今度は北の共通語でもう一度語り掛けた。それでも二人は身を寄せ合うだけで何も応えない。

(困ったわ。この子たちずっと一言も話さないし、周りの会話もわかってる風でも無いから、言葉がわからないって可能性も)
 奴隷だからなのか、まだ幼すぎて共通語を習う機会を与えられなかったからなのか。怯えて声が出ないだけかもしれないけれど、いずれにせよ通じ合うことは明らかに難しい。

(助けてあげたいのに。今しかチャンスが……)
 宴も進んで貴族の男性たちはかなり酔ってきている。音楽や話し声で部屋全体の騒々しさが上がり、兵士の注意も散漫になって来ている今の内。ミスリアは城主に差し出す食べ物皿のおかわりを盛る振りをして、隙を見て少女たちに近付いていた。

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