22.e.
2013 / 05 / 11 ( Sat )
「お二人とも凛々しいお顔立ちですね」
 突然、感心混じりに男が述べ――そう思いませんか、と後ろについてきた二人の長身痩躯の男を振り返った。黒ずくめの男二人は最後列のベンチの後ろに直立して控えている。双子か兄弟だろうか、よく似ていた。兄弟は意見を挙げずにただ頷いた。

「それはどーも」
 煙を吐きつつエンが不敵な笑みを浮かべる。

 前を向き直り、へにゃり、と華奢男は頬を緩めた。どこか気の抜けた笑い顔が、益々男臭さを遠ざける。ただでさえ眉毛が細く、肌がキレイすぎる。この男の顔にはニキビや日焼けの痕もシミも見当たらない。そのためか年齢が推測不能だ。

 腰上に巻かれたスカーフのような絹をなびかせ、男は歩み寄ってきた。教団の象徴を象った巨大なペンダントをかけている。人間の掌より全長が長く、嵌められている紫水晶も雀の卵と同等の大きさである。

「……神様ってのは人類を試したり裁いたりするもんだろ?」
 男が立ち止まるのを待って、エンが言った。ゲズゥは無意識にその「凛々しい」横顔に目をやった。
 当然のように掠り傷や僅かな髭の剃り残しがある。一層、頬に赤みすら無い華奢男の方が病気に思えた。

「さてどうでしょう。神の在り様が――命を生むもの、世界を創造するもの、裁くもの、救うもの、と多く説かれています。神々は多くの事象を司る、人間の理解の範疇を超えた大いなる存在です」
 男の話し方は音楽的で、それでいて確信が込められていた。すべて、と発音した瞬間など、大袈裟に手を広げていた。

「摂理をお決めになるのが神様? それとも、理そのものが神様であらせられるのか? その答えは、誰にもわかりません」
 間近だと、男が斜視であることが見て取れた。真正面を見ているのに、左目だけがわずかにずれていた。

「オレにも訳わかんねーよ。このロン毛優男(ヤサオ)は何言ってんだ?」
 エンは軽く笑った。後半の質問はゲズゥに向けられたが、まさかこちらにもわかる訳が無く、頭を振った。

「基準なんて判然としなくても良いのです。命ある限り償い続ければ、いつかは聖獣の恩恵にあずかります。それが摂理なのですから、罪を犯した者にも神々へと続く道が照らされる日は訪れます」
 そう言って微笑んだ男の存在感に、ゲズゥは何か妙な引っかかりを覚えた。
 奴が現れた瞬間をエン共々に感じ取れなかった点から元々生命力が希薄だったのかと思ったが、少し違う。聖気を使う時のミスリアみたいな、この世とかけ離れた儚さに似ている。

「そして聖獣が我らを救う存在であると、それだけは確かです。私(わたくし)はそれを説いて、人々を導くのが役目ですから」
「確かって言うからには、何か証拠があるんか?」

「難しい事をお訊ねになりますね。証拠や確信の有無について話すには、二日や三日ではこと足りませんよ」
「はは、今してる話だって十分難しいじゃねーか」
「それもそうですね!」

 二人が笑い合う横で、ゲズゥは欠伸をした。存外、エンも本気でこの雲の上の会話を楽しんでいるように見える。こっちはとっくに振り落されて飽きているというのに。
 その時、扉が開いて手ぬぐいを被ったエプロン姿のミスリアが入ってきた。

「ゲズゥ、イトゥ=エンキさん、やっぱりここに居ましたね。お腹空いてますか? 食事の準備が整いましたよ」
 呼びかける途中で、佇立した二人の黒服の男に気付き、ミスリアは振っていた手を下ろした。
 瓜二つの男を見比べて更に通路の先の華奢男へと視線を流した。男は肩を振り返ってミスリアと目を合わせた。

「……おや。もしや聖女ノイラート――いえ、聖女ミスリアですね?」
 男は嬉しそうに目を細めた。何故呼び方を言い直したのかは不明である。
「教皇猊下! もういらしていたのですか」
 慌てて手ぬぐいを引っ掴んでは脱ぎ捨て、ミスリアはその場で跪いた。

「予定より早く着いてしまいましたので先に聖堂に寄ってみたのですよ」
 教皇と呼ばれた男は通路を歩き出した。一歩進む度に白い服の裾が床に引きずり、しゅる、しゅる、と小さな音を立てた。
 教皇は膝をついた少女の元へゆっくりと近寄り、右手の甲を差し伸べた。

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