21.e.
2013 / 03 / 22 ( Fri )
 支えを失った次の瞬間、膝が折れ曲がり、体が前に倒れ掛かる。どうにかしようという気力が無いからか、ミスリアは転ぶ心の準備をした。
 ところが、素早く脇下に差し込まれた手によって体が引き上げられ、宙に浮いた。

「ありがとうございます」
 毎度のように助けてくれたゲズゥに礼を言いつつ、ミスリアはまだぶらついている自分の両足に目を留め、状況を客観的に見てみた。

(子供を抱き上げる動作と同じ……何で?)
 彼にとっては癖みたいなものだろうか、それとも。

「小さいお子さんの扱いに慣れていたりしませんか?」
 ミスリアが訊ねるとゲズゥは驚いた顔になり、次には表情を翳らせ、予想外の反応を返した。
 それを、近くでイトゥ=エンキが面白そうに観察している。

「……昔の話だ」
 ゲズゥはそれ以上告げずにミスリアを下ろした。ミスリアは小さく、はい、とだけ答えた。「昔」が彼が故郷に居た頃ぐらい昔の話なら、気分を悪くして当然だ。
 思い出させて、申し訳ないことをした。

 それから何度か試して、ミスリアは自分の足で立つ事ができた。
 そして三人は、樹海をどう進もうか話し合った。

「ただ歩き回ってもしょうがないってのはわかってるよな? 嬢ちゃんなら何か抜け道知ってるかなって期待してんだけど」
 イトゥ=エンキにそう言われ、ミスリアは頷いて松の木が入り乱れる樹海の一歩手前まで歩いた。地図に添えられていた記述を思い出しながら、語る。

「かつて大陸の数多の信仰を聖獣信仰に統一した人物、ラニヴィア・ハイス=マギン……彼女は、ヴィールヴ=ハイス教団を興した直後に巡礼の旅に出ました。聖獣の息吹がかかったと伝えられている数々の地を巡り、『聖地』と定めて守り続ける為に。岸壁の上の聖地にも、ラニヴィア様はかつて訪れていたのです」

 ミスリアは肌身離さず身に付けているアミュレットを取り出し、親指と人差し指の間に握った。銀細工のペンダントは今まで服の下で胸元に触れていたため、温かい。

「この樹海は百年前でもいわくつきで、容易に通れなかったそうです。何度挑んでも迷ってしまうため、彼女は道を示す物を残していきました。濃い瘴気の中でも見失わない道しるべを」

 教え通りに、ミスリアは呪文を唱える。
 アミュレットに取り付けられている二つの紫水晶から淡い光が伸び、それはまるで何かを探るように空を彷徨った。

「光を追います」
 三人は樹海の中へ踏み入れた。瞬間、重い空気に撫でられるような感覚があった。まとわりついてくる空気は熱いのに何故か寒気がした。

 更に外が明るかったのに対し、樹海の中は薄暗い。絡まり合った木々が光を遮っているからか、それとも瘴気のせいかは知れない。
 そんな中、弱々しい光を追い続けると、やがて大きな樹の前に立った。

「何だ? 樹の根元が光ってる」
 イトゥ=エンキが指差した。その先に、親指の爪ほどの大きさの光の粒がある。
「ラニヴィア様が埋め込んだ水晶です」
 ミスリアが近付くと、アミュレットも樹の根元の水晶も一層強い輝きを放った。

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