04.a.
2012 / 01 / 03 ( Tue )
 暗い青に彩られる天に、仄かなオレンジ色が伸びる。夜明けの空を、聖女ミスリア・ノイラートは丘の上から眺めていた。木に寄りかかって立っている。
 早朝だからか、夏にしてはやや涼やかな風が吹く。

 地上に視線を移すと、見渡す限りの農地が目に入る。育ててる作物はさまざまなようで、畑の色が違う。ゲズゥ・スディル曰く、農地を抜けるには丸一日以上を要するらしい。

「民家がありますね」
 背後の岩に座す青年を振り返って言う。ゲズゥは短刀で自分の頭髪を切ってる最中だからか、ミスリアと目を合わせることなく軽く頷いた。

「運がよければ馬やら物資が奪えるな」
 何の感情も込めずに、彼はサラリと応じた。

「う、奪うなんてダメです! ちゃんと家主の方に頼みます」
 ゲズゥがあまりに自然に言うので、ミスリアは声を上げて叱った。

 世に言う「天下の大罪人」の善悪の線引きが一般常識とずれているのは当然といえば当然だろう。大まかに今までの態度からして衝動や感情で動くのではなく理性的な男に見えたが、理性で考えて暴力を振るうのだって十分ありうる。

「じゃあお前が一人で行くんだな」
 そっけない返事。もしかして気を悪くしたのかと内心焦った。
「その方が向こうも協力的になる。俺はまだ指名手配中と変わらない」
 ゲズゥはそう続けた。一瞬だけミスリアを見上げて、すぐにまた髪を切る作業に戻っている。

 そうだった。首都で昨日起きたばかりの騒動を、僻地の人間がまだ知るはずないだろう。「天下の大罪人」の顔を見れば迷わず通報するのが普通だ。
 国外へ出るまでは、油断できない。

 といってもその顔が、大陸でどこまで一般人に知れ渡っているのかいまいちわからない。此度ゲズゥが捕らえられたのはアルシュント大陸の中東地域だ。それを、彼の出身地である南東のシャスヴォル国が裁くということになったらしい。詳しい流れまではミスリアが手にした調書に無かった。
 用心するに越したことはない。

「わかりました。私が一人で行きますから――」
 言い終わらないうちに、ミスリアの腹部から空気が圧縮される音がした。

 赤面しそうな自分を予知して、思わず俯いた。
 持ち歩いてた食糧は、昨日のうちに食べつくしている。お腹がすくのも無理はない。無理はないのだけど、どうしても恥ずかしくなるのは何故だろう。

 ゲズゥがナイフを置く音が聴こえる。それから、何かをポケットから取り出しているような、ガサガサ音がした。

「ほら」
 顔を上げたら、小さなポーチが飛んできた。

 受け取ろうと手を出したけど一瞬及ばなかった。足元に落ちたそれを、拾い上げる。
 でこぼこした布のポーチをあけると、クッキーのようなものが入っていた。

「どうしたんですかこれ?」
 ミスリアは驚いて訊ねた。

 ゲズゥは答えず、全身についた黒い髪を払っている。立ち上がって、それらを埋めるように土を蹴った。緑の中に黒は目立つから隠しているのだろう。
 一思案してから、気づいた。

「もしかしてこれも、昨晩の夜盗からいつの間にか取っていたのですか?」
 散髪に使っている短刀だって、そうでなければならない。ゲズゥは身一つで出てきたのだから、与えられた服以外所持品が無かった。

 どうでもいいことだ、とでも言いたげな様子で、ゲズゥは短刀をくるくると指で回し遊んでから腰辺りの鞘に収めた。

 ミスリアは小さくため息をついた。あの場面で、そこまで抜かりなくて結構なことだ。彼女だったら、盗人とはいえ他人のものに手をつけるのを躊躇う。その点で、ゲズゥはまったく悪びれた様子がない。大罪人という経歴を思えばそれも当然。

 お互いにできること、入れる場所や状況が違う。同時にそれは、片方に不可能なことをもう片方がカバーできるとも解釈できる。

 不安はまだ多いけど、旅をする上で微妙に相性がいいのかも、なんて前向きに考えたりもした。

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