04.b.
2012 / 01 / 04 ( Wed )
 本心では、林の方に近づくのがとてつもなく嫌だった。
 これが国外に出る最も簡単なルートでなければ、一刻を争う状況でなければ、絶対に避けて通っていた。

 やむをえないのだと自分に言い聞かせながら、ゲズゥは大樹の枝の上に横になった。
 たまたま見つけた仮眠場所で、聖女が民家へ降りている今のうちに休んでおきたい。なんだかんだで徹夜明けだ。

 二時間経っても聖女が戻ってこないのなら、探しに行くと約束した。
 いくらシャスヴォル国の農民が比較的おとなしいといっても、二時間も放っておくのは護衛として雑な仕事だろう。しかし、ゲズゥはそこまで気にしない。異変を察知したら折を見て様子を見に行こうぐらいには思っているが。

 ――乗っても失うものが無く、乗らないなら確実な死があるだけ――聖女の申し出は、ゲズゥにとってそういう話だった。

 自由気ままな生活を返上するのに抵抗が少なくて、自分でも驚いている。やはり、今までの人生に飽きていたのかもしれない。多少窮屈になっても、それ以上に新しい生き方を試したいのだろうか。

 よくわからない。考えることを放棄し、ゲズゥは目を閉じた。

_______

 ちょうど二時間後に目を覚ましたら、腹の上に陣取る小鳥が一羽見えた。小鳥は首を傾げ、何度かさえずる。
 なんとなく動かないでいたら、しばらく小鳥と見詰め合うことになった。
 
「えーと……ゲズゥさん? 何してるんですか」
 下から遠慮がちに訪ねる声で、我に返った。
 起き上がると、小鳥は一目散に飛び去った。

「ゲズゥでいい」
 彼は跳躍し、途中の枝からぶら下がったりして、素早く十ヤード(約 9.144 メートル)の高さを降りた。

 聖女は目を丸くしてそれを見守っていたが、ゲズゥが着地した途端に思い出したように抗議した。

「でも、年上ですから。敬称をつけるのが普通でしょう」
「必要ない。お前は俺の舎弟か」

「え……? 舎弟? 違いますけど」
 訝しげに聖女が言う。
 ゲズゥは特に補足の説明を加えなかった。ただ、さん付けが鬱陶しいだけなのだが。

「……では今後から努めて呼び捨てにします」
 諦めたのか、聖女は同意だけした。

 両手に抱えている大荷物でいっぱいいっぱいらしい。聖女は自身の大きさに近い袋を地面に下ろした。さぞや重かったことだろう。見れば、パンパンに中身が詰まった肩掛けバッグもかけている。時間ギリギリとはいえ、自力で戻ってこれたのは賞賛したいところだ。

 それにしても聖女自身着替えているし、早朝より清潔になっている気がする。風呂でも借りたのだろう。それなら、時間がかかったのもうなずける。

 ふくらはぎまでの長さの茶色スカートと動きやすそうな半そでシャツ、クリーム色のフード付ベスト、そして頭の後ろに束ねた髪。昨日より幾分か旅行者っぽい格好になっている。それでいてなぜか聖女の純白の正装よりも少女のあどけなさを演出している。

「日持ちする食糧と、着替え、方位磁石、道具……」
 聖女が袋の中身をざっと確認する。

「気前がいいな」
「ちょうどあの農家の娘さんが病を患っていまして、治癒を施したお礼にたくさんいただきました。お金を出してもよかったんですが先方が是非にとおっしゃいまして」

 なるほど、実に便利な力だ。即席で取引材料にもなるか。

「外に男性の旅の供が待っていると言ったら、男性用の着替えなども用意してくださいました」
 その男が何故一緒にこなかったかに関しては、怪しまれないように適当な嘘でもついただろうか。
 
 もう少し時間があれば洗濯していきたかったんですが、みたいなことを聖女が言っている。

「国境を越えたら河でも使え」
「はい」
 呆れられると思ったら、すんなり賛同した。

 旅行中の家事に於いては譲歩や柔軟性が不可欠。無駄に育ちの良い人間はそれに欠きやすいから困るが、聖女はそうじゃないようで何よりだ。

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