17.c.
2012 / 10 / 25 ( Thu )
 魔物を前にした彼女は恐怖心を制御し、むしろ闘志を沸き起こしたり、魔物へ憐憫の情を見せたりしていた。逆に人間の敵が相手だと、途方に暮れていたように思える。
 ――また一つ、この少女について発見をしたかもしれない。

「この通り、ペンダントは諦めた方が良さそうだな。まあ、後始末はちゃんとしとけよ。そんでとりあえずオレらは出ようぜ」
 模様の男は最初の言葉はベッドの上の男女に向け、最後はゲズゥたちに向けて言った。手首を振り、「ついて来い」と示している。

 断る理由も無いのでゲズゥは言われたままに部屋を出た。数秒後、俯き加減なミスリアも出てきた。首にペンダントを付け直している。
 模様の男が振り返った。

「手伝ってもらって悪いな。……で、お前は何で裸なんだ」
 苦笑いを浮かべて、男はゲズゥに訊ねた。
 言われて、ゲズゥは己を見下ろした。

 先ほどかぶった魔物の血を除けば、身を隠している物が何一つ無い。だからと言って自分では何とも思わないが、今更気付いたのか、隣のミスリアがあからさまに目を逸らした。

「慌てて飛び出すからよ」
 通路の奥から声がした。それに応じて模様の男が壁に寄り、背後から現れたアズリを通す。
「服、持ってきたんだけど。先に体洗った方がいいんじゃない?」

 ゲズゥはただ差し出された衣類を受け取った。尤もな提案だが、いい加減に眠い時間なので風呂は遠慮する。服が汚れるのも構わずに着直した。
 すぐ傍で、袖の長い、半透明の薄いガウンだけを纏った姿のアズリが昔と変わらない笑顔を浮かべている。

「姐さん、流石に遊びが過ぎませんか」
 模様の男は不快そうに顔を歪めた。アズリがゲズゥの服を持っていた点と、二人が発する微かな酒の匂いから何かしら察したのだろう。
「イトゥ=エンキ、あの人は私のすることにいちいち口出したりしないわよ」

「どーでしょーかね。頭はああ見えて嫉妬深いでしょ」
「以後、気を付けるわ」
 模様の男の指摘に、アズリは曖昧に笑った。下ろしたままの髪を指先で弄んでいる。

「魔物退治、お疲れさま」
 じゃあおやすみ、と言ってアズリはくるりと踵を返した。
 残り香が鼻孔をくすぐる。

 ――この女の上辺だけに騙される男が一体如何ほど居るのだろう、とたまに思いを馳せることがある。
 アズリの気遣いは総て形だけで、深みが無い。人を立てる言葉や行動を重ねていても、実際は何もかも己の為にやっていることだ。

 或いは男はその事実に気付いても、女の色香を求め、それに酔いたいのか。かつての自分を思い返して、ゲズゥは複雑な心持になった。
 模様の男が、短くため息を付いた。こいつもこいつで複雑そうである。

「ったく、しょうがねーヒトだな……」
 同感であるが、ゲズゥは相槌を打たなかった。
「空いた部屋まで案内するぜ」
 そう言って歩き出した男に、ゲズゥとミスリアは無言でついて行った。

 しばらくの間、誰も何も言わないまま、入り組んだ通路を曲がり曲がった。不自然な程に誰ともすれ違わないのは、この男の計らいだろうか。

「なあ」
 ふいに、先を歩く模様の男が、決して大きくない声を出した。
「そのペンダントの形……ヴィールヴ=ハイス教団と、聖獣信仰の象徴だろ。嬢ちゃん実は聖職者か?」
 男は立ち止まった。ポケットに両手を突っ込んだ状態で、振り返る。

 自ら答える気は無いのか、ミスリアはサッとゲズゥの背後に隠れた。
 仕方なく、背に隠れた少女に代わって、ゲズゥが男と睨み合った。濃い紫色の瞳だった。

「別に変な真似はしねーよ。ただ訊きたい事があるだけだ。交換条件とでも思えばいいだろ」
 模様の男の表情は真剣そのものだった。
「……どういう意味だ」
 ミスリアは未だにゲズゥの後ろから出て来ない。

「オレは見てたんだよ。さっき嬢ちゃんがペンダントを取り返して、途端に体が光って、そのすぐ後に魔物が現れたんだ」
 男は声を低くした。

 その言葉に、ゲズゥは目を細めた。ミスリアの体が光るのは別段珍しくも何とも無い話だが、そうした直後に魔物が現れると言う現象は、知らない。

「こう、矢みたいにまっすぐな光が上に伸びて。どういう魔術だかしんねーけど、嬢ちゃんが魔物を呼んだんじゃねーの」
 模様の男は人差し指を立て、天井へ向けて垂直に伸ばした。

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