65.f.
2016 / 12 / 24 ( Sat )
「生き延びた敵まで回復しているな」言葉の内容とは裏腹に、女は随分と呑気そうだ。一方、それを聞いた男の方は武器を構えた。「ああ、警戒する必要は無いと思うぞ」
「……どうしてです?」
「もうすぐ集団の統率が崩れるからだ」

 女の視線は、少し離れた位置に居る一体の魔物の元に流れた。銀の素粒子と化して浄化されてゆく個体が大部分を占める中、珍しく、まだそれは存在し続けていた。
 聖獣の半分もの大きさに満たないが、それでもあの魔物は雪崩を引き起こし、人間の倍はある図体である。
「コヨネさま!」
 起き上がるなり、砦の連中が五・六人、異変に気付いてその魔物の元へ駆け寄った。中には指導者たる若い女の姿もあった。ミスリア曰く、指導者はあの魔物の元となった人間の子孫らしい。

 コヨネと呼ばれた毛深い異形は暴れに暴れた。摂理に抗わんとするように長い足と三股の尾を激しく振り回し、地を穿っては近くに来た人間を手当たり次第に殴り飛ばした。数人が取り押さえようとするが、無駄だった。
「どうしてこんな……! いやだ、いやだよ」
 ほんの数日前にミスリア一行を翻弄した得体の知れない女が、もはや見る影もない。情けなく泣き叫びながら、女は生傷が増えるのも厭わずに魔物に飛びついた。

 当のコヨネさまとやらは、どうやら聖気の効果から逃れられないようだった。暴れ疲れたのかそれとも浄化されるという末路に安らぎを見つけたのか、段々と動きが鈍くなっている。

「まだだ、まだぼくらはあなたの求めていた答えに至れていない! いかないで、コヨネさま!」
「そうっす、消えちゃダメっすよ!」
 未練がましい叫びが方々(ほうぼう)から上がる。
 やがて魔物の動きが完全に止まった。その時点では、魔物の体積が五分の一ほど削られていた。

 魔性のモノが咆哮が夜空を裂いた。
 応えのつもりなのか、聖獣の腹から衝撃波が発せられた。その波にさらわれる寸前、コヨネは頭をもたげて凶悪な歯を見せたが――
 ――破裂した。

 思わず膝立ちになった。一瞬の眩しさに耐えかねてゲズゥは目の前に手をかざす。
 ――優位性は確立された。
 敗者の群れが、膝をついて呻き出す。彼らの周りでは、大事だったモノの残滓が天に向かって昇華している。

「偶像を奪われた信仰集団など恐れるに足らず。聖女の為に時間を稼いだのが、実を結んだようだな」
 対犯罪組織の女が連中の動きを遠巻きに見張っている。激情する者も、徐々に現れていた。
 この瞬間を見計らったかのように、烏の鳴き声が響いた。組織の頂点が飼う大烏が、悠然と空を横切ってくる。おそらくは応援要請への返答を持っているのだろう。
 
 そこで聖獣が動き出したため、二人が手紙の返事を開けるのを見届けることはできなかった。
 大空を馳せる。
 物凄い風圧を伴い、息継ぎをする間も与えられない速さである。
 なんとなしに振り返ると、銀色の軌跡がついて来ていた。聖獣が通った後の地上から、次々と魔物が浄化されているからだろう。

 振り撒かれる金、浮かび上がる銀。
 否応なく存在を終えさせられる者共の迎える末路は、悪夢のように美しかった。
 心の蓋がこじ開けられ、感傷を呼び起こされる。確かに、哀れだと思う自分も居た。まだ旅を始めたばかりの頃――あるべき状態へ生き物を導いていくのが聖気なら、そのあるべき状態は誰が決めるのか、とミスリアを問い詰めたことを思い返した。

 自分は聖なるものと相反する側の生き物なのだと思い出させられる。

「砦の周辺を念入りに旋回したのは、際立って穢れていたからか」
 囁く程度の声量で問うたが、どうせ聴こえているのはわかっていた。
『否。あの者らが可愛いからだ。特にコヨネ・ナフタという女、あれの魂は、確実に送ってやりたかった』
「…………」
 リーデンが言っていた「性悪」という感想が、脳裏に蘇った。

『死後の旅路で、悔しがってくれるのではないかと思ってな。志半ばに倒れ、その遺志を継いだ子孫の作った組織も、この通り壊滅に追いやられた。年端も行かない聖女の働きでな』
 ますます、この答えからは、楽しそうな印象を受けた。だが次にはそれが、慈悲のようなものに変わる。
『アレらは、存在が危ういものだ。いかに自我が混濁していようとも、根本的には自覚していたさ。いつでも消滅しうるのだとな』

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