60.e.
2016 / 08 / 03 ( Wed )
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 一本の蝋燭に火が灯ると、細々とした明かりが、殺風景な空間を照らし出す。辺りはやたらと静かで、空気が微かに湿っている。
 明るい色の衣服を纏った華奢な男が持つ蝋燭に引き寄せられるかのように、暗い色の衣服を纏った男が歩み寄った。

「被り物をしなくていいのかい。君は素顔を隠すのが原則だろう」
 来訪者をゆっくりと見上げて、蝋燭を持つ彼はそう言った。
「問題ない、どうせ貴様は既に私の素顔を知っている。あまり被ってると息が詰まるのでな」
 暗い服の男は抑揚の無い声で応じた。掠れた声は、彼が公衆の面前で話す時と違っていくらかトーンが低い。こちらの方が地声であり、中性的な声は意図して出しているのだ。

 此処は数あるヴィールヴ=ハイス教団の隠し通路の中でも、とりわけ存在を知られていない。書庫の一角の隠し扉を越せば、この場所に至ることができる。
 教団そのものの歴史は浅いが、拠点は旧い城砦を再建・改造したものだ。こういった仕掛けは把握しきれないほどに残っている。それを私用で使うのは本来ならばあってはならないことだろうに――権力を持て余す彼らには、堅苦しくない秘密基地のひとつやふたつ、求めてしまっても仕方がない。

 二人は昔から特別仲が良かったわけではなく、たまたま同郷の者であった。
 歳が七つは離れているため、ほとんど会話を交わしたことが無かった。故郷を発った時期は別々であり、その後もそれぞれの人生を刻んで十数年――ある時、彼らは職務中に再会した。双方ともに正装をしていたが、互いを認識し、思い出すまでにそう時間はかからなかった。

 以来、歩み寄りと呼べるほどの動きでないにしろ、なし崩し的に話す機会が増えた。
 友人だなどとは決して思わない。失くしても心が痛まないような腐れ縁だ。しかし繋がっている内は、使いたくなる縁である。
 彼らに挨拶や世間話は不要であり、話し言葉も普段よりやや崩れる。

「例の小さき聖女と話をした」
 刺青の施された方の手で、男は燭台をかっさらった。己よりも体力の無さそうな相手に、物を持たせるのが落ち着かないからだ。
「それはそれは。彼女を怖がらせてはいないだろうね」
 燭台を奪われた男はふわりと笑みを浮かべる。

「私ごときに気後れをするようでは、この先身が持つまい」
「聖女ミスリアは勇敢だよ。けれど生命を脅かすものへの恐怖と、権力への畏怖は全くの別物だ」
 そこにしばしの間があった。対犯罪組織を率いる役割を負った男は、隠し通路の先にある行き止まりの方をなんとなく見つめる。聖女との会話を静かに振り返った。

「ほんの少しの才能を持って生まれ……それを伸ばせるような生き方を選んだのなら、祝福こそすれ、他人が哀れむのは野暮なものだとわかってはいるが。聖人や聖女というのは、酷な役職だな」
「では私と君の違いは、そんな人を可哀想だと思うかどうかだと、君は言うのかい」
「ほざけ。違いがその程度であったなら、組織と教団の協力体制はもっと早くに整ったはずだ」
「そう言わないで下さい。違っていながらも私たちはこうして協力できていますよ」
 からかうように、教皇は丁寧な言葉遣いに替わってくすくす笑う。

「現在はな……貴様の死後、どうなるかな」
 対する男は腕を組んで鼻で笑った。教皇の残り時間が如何ほどであるのか、他でもないこの者は知っている。
「大丈夫です。後任者候補の目星も付けてあるので、きっと私亡き後も誰かがうまいことやってくれるでしょう」
「個を捨てた筆頭が、貴様よな」

「失敬な! そんなこと、貴方にだけは言われたくありませんよ」
「ふん、我々は個人主義者の寄せ集めに過ぎぬ。組織としての体裁を保ってはいるが、指揮系統やら成員の管理やら、貴様らの団体とは非なるものだ」
「本当に? 洗脳紛いの『信仰』はそちらの専売特許ではありませんか」
「笑わせるな。組織は洗脳紛いの真似をしているかもしれないが、大して効力は無い。人が人を裁く為に神の名を借りているに過ぎない」



なんか思ってたようにはうまいこと進まなくて、予定より早くこの場面を前倒ししちゃいました。

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