48.d.
2015 / 09 / 24 ( Thu )
前回の48cに、私が寝ぼけて重複させた台詞がありました。最後の五行ぐらいだけ読み返してください。
もし先週あたり見つけて気になってたけど何も言わずにいた方いましたら、こっそり修正しましたぜ。ご安心を★



「いえ、あまり」
「早めに調べた方がいいぞ。何せこの地域に馬は居ない」
 王子は起き上がって胡坐をかいた。近くから採った野いちごを取り出し、話を続ける。

「主な移動手段は徒歩、そして大型の山羊。渓谷の地形に特化した種の山羊で、人間が騎乗できるほどに大きい。お前たちも連れ去られた際は馬までは攫われなかったのではないか」
「言われてみれば、私たちが連れていた馬もロバも姿が見えませんでした」
「荷だけ奪われて馬は捨て置かれたはずだ。カルロンギィでは価値が無いからな」

 話す合間に王子は野いちごを手の平にのせている。片手でがばっと豪快に頬張ってから、「いるか?」とミスリアにも差し出して来た。その言葉に甘えて手を伸ばし、五個ほどつまみとる。

「ではもし聖地がここからずっと離れた位置にあったとしたら、徒歩で辿り着かなければならないのですね。或いは山羊を手配できればいいのですけど」
「ついでに言うと、この国では四つの区域に挟まれた中心部に一人の王が座している。区域を管理する者たちは皆、王の血縁者らしい。おそらくこの周辺の長もそうだ。山羊は重要な資産、事細かに管理されていて奪うのも買い取るのも一筋縄ではいかんぞ」

「詳しいですね」
 説明を聞きながらもミスリアはいちごを口に含んだ。奥歯で噛みしだくとそれはあっさり潰れ、酸味と甘味を同時に爆発させた。
「興味のある事柄には自然と詳しくなるものだ」
 そう言って王子は笑った。

「聖地――それらには必ず伝承がつき物だとはわかっていたが、まさか怪獣大戦だったとはな。化石でも残っていれば尚更面白い」
 野いちごを平らげ、再び王子が横になる。彼の意味深な節回しには何やら記憶を刺激させる効果があった。そう、怪獣大戦とは、以前聖地の逸話を語った時にも彼が漏らした感想だったはず。

「――あ! そのお話の中で、聖獣が戦った相手が『竜』でしたね!」
 かつて七百年前に聖獣がこの渓谷で一晩をかけて沈めた超大型の魔物、その姿は空を駆ける爬虫類だったと言われている。もっとも、聖獣の姿も似た系統のものと言われているが、重要なのは――

「私たちの前に現れた混じり物の子供の一人が、竜に変化していました。何か関係があるのでしょうか」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。聖女よ、お前はどう見る? 私は関連していると思うがな」
 見上げてくる藍色の双眸はとても楽しそうだ。

「な、七百年前以上から続く混じり物の筋、とか?」
「それは飛躍しすぎだ。誰の噂にも留まらずそれほど長く維持できるなど、考えづらい」
「でも、魔物信仰だってひっそりと続いて来たものです」

「仮に竜の血筋なんて代物があったとして、組織立った動きをすれば、教団か某対犯罪組織が嗅ぎ付けて来るだろう。戦闘種族などのように散らばっていた方が賢明だ」
「確かに……」
「少なくとも今この谷で起きている出来事は、少数の主犯者を軸とした事件だ。他の集団とも切り離されている。そう捉えた方が辻褄が合う」

「そうですね」
 王子の推測には納得できるものがあった。
(……相手が少数だからってこちらも少数で対抗できるとは限らないけれど……)
 不安という鎖が、心臓をがんじがらめにする。和らげる為に服の上から水晶の硬さに指を触れた。この仕草は段々とクセになりつつあった。

「まあ、国ぐるみで擁護しているという可能性も残るが」
「こ、怖いことを言わないでください……」
「オルト」
 前触れなく、ゲズゥが会話に割って入ってきた。見上げると、寝そべった王子の背後にぬうっとその黒い影が立っていて、思わずミスリアは身構えかけた。

「何だ?」
「吹き矢について知っているか」
 脈絡も無い問いかけに、王子は動じずに瞬く。
「ああ、知っているぞ」

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