46.a.
2015 / 07 / 23 ( Thu )
「王子はどうして此処に居るのですか」
 彼が檻の下に回って網を切り開いてくれるのを待つ間、手持無沙汰なミスリアは質問を投げかけてみた。
 正直のところ、答えてくれるとは思っていない。

「私の砂場だ。居て当然だろう」
 ミョレン王国第三王子オルトファキテ・キューナ・サスティワは、こちらを見向きもせずに答えた。檻の底から両手でぶら下がっている。左腕を治してあげられたのは、懐の中の水晶のおかげである。
「砂場?」

「なんだ、それもゲズゥに聞いてないのか」
「いいえ」
「聞きたいか?」
 王子は片手を空けて、抜き身のナイフを構えている。

「……聞かない方が良いのなら、聞きません」
 逡巡した後、ミスリアはそう答えた。鉄格子にしがみついた姿勢で、王子の一挙一動を見つめる。
「ああ。情報を知って何かしら害が及ぶのかと案じているのなら、それは問題ない」

 ――ギリッ!
 短い金切り音が響いた。反射的に目を瞑り、再び開くと網には既に裂け目ができていた。それをオルト王子はナイフの背を当てて淡々と広げている。指の開いた軍手を嵌めていなければ、手の甲を怪我していたかもしれない。

「そうですか。では聞きます」
「よかろう」
 十分に裂け目が開けたところで王子はナイフを腰の鞘に納め、再び空いた右手を差し出して来た。

 その手を見つめて、一瞬、ミスリアは本気で恐怖した。
 我が身を委ねていいのだろうか。人に関して「使い道」なんて言い回しを使う男にとって、約束を破るのは日常茶飯事では――?

(ここまで手間をかけて人を騙すなんて…………ありえない話じゃないし。わからないわ、誰か教えて)
 袖の中に潜む異形の存在を想った。もしもソレか、或いはソレに連なる人物が、ミスリアが間違った選択をしていると判断したら、妨害してくるはずだ。そう思い込めば、恐怖は薄れた。

「私の首にしがみつけ。あとできれば足も巻きつけるといい、その方が安定するだろう」
「わかりました」
 言われた通りにせんと腕を伸ばす。よく知らない人間に密着するのは気が進まない話だけれども、思い返せば、ゲズゥだって最初はただの他人だった。

 つべこべ言っていられる状況ではない。谷に落下せずに済むなら、今は何でもやるつもりでいる。
 一度深呼吸をしてから、滑り落ちるようにして檻から出た。背中辺りの布が、切れた網に引っ掛かって破ける感触があった。

「ほう」
 王子の首に腕を回したのと同時に、力強い片腕がミスリアの腰を締め付けた。
「何か?」
「予想以上に重いな」

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