43.f.
2015 / 05 / 23 ( Sat )
「同系統って、じゃあティナさんとゲズゥやリーデンさんは、先祖で繋がっているんですか」
「多分ね」
 ティナの肯定に、ゲズゥは「道理で」と呟いた。

「母はこの名を誇ったけど、あたしは大嫌い」
 そう言って彼女は階段のある場所までゆっくり歩いて、座り込んだ。その後に続くも、今の彼女の傍に座っていいものかミスリアは躊躇した。
「ミスリアちゃん、引かないで聞いてくれる? ずっと誰かに話したかったの」
「勿論構いませんけれど……」
 数フィート離れた場所に立つゲズゥを一瞥した。彼は耳が良いので、この距離でも話の内容は漏れるはずだ。

「そいつに聞かれるくらい良いわ。同じ穴のムジナっぽいしね」
「そ、そうですか」
「ミスリアちゃんも、こっち座っていいよ」
 彼女は自分の隣をぽんと叩いた。その言葉に甘え、スカートの裾を持ち上げて腰を落ち着ける。

 そうしてティナは静かに語り出した――母や、己の生い立ちを。
 母親は凄腕の傭兵で、元々はディーナジャーヤ帝国の各地での賊討伐や反乱分子の鎮静などによく駆り出されていたという。彼女は常に戦闘種族であることを大っぴらにし、好戦的な性分であった。戦闘種族は凶暴で危険だから排すべきだ、と帝国で囁かれるようになったのも彼女が原因であろう。

 そんな彼女もやがて娘を一人で産んで育てることになる。ティナの父親となる人物とはどこでどのように会ったのか、そしてどうして別れたのか、母がついぞ語ってくれたことは無かった。
 傭兵としての生活の中で娘を引きずり回し、それでも二人で何年もなんとかやっていけていた。

 ある日、母は戦場で負傷した。片腕と片足を失う大怪我だった。
 義足義手では普通に生活はできても以前のようには動けず、兵士として生きることは断念せざるをえなかった。瞬発力が売りであるクレインカティ一族としては、動こうとするだけでも深い屈辱を味わっていたらしい。

 遠く新境地へ越して生きる術もあっただろうに、何故か母はそれを選ばず、帝国に残ることを望んだ。ところが顔も噂も知れ渡っており、どんなに頑張ってもまともな職には就けなかった。ゆえに彼女は娼婦となった――。

「義足義手だし、美人だし、イロモノ好きの旦那様方が多いこの国ではお金の入りだけは困らなかったのよね。でも結局それが仇となって、母さんは性病を患って死んだわ」
「そんな…………」

「変にプライドの高い人でね。医者か教会に行けば助けてくれるかもしれないよってあたしは言ったんだけど、絶対動いてはくれなかった。あたしがやっと医者を見つけて連れてきた頃には手遅れだった」
 ティナの顔には自嘲に近い薄ら笑いが浮かんでいる。しかしミスリアは考え込んで答えなかった。
 慰問に訪れていた聖人や聖女は近くに居なかったのだろうか。

(医者にも行かない人なら、ダメかな。奇跡の力を胡散臭いと言って信じない人はたくさんいるし)
 娘の為を思えばなんとしても生きようともがくはずなのに――ティナの母親は人生に諦めてしまっていたのかもしれない。あれだけ苛烈な人生であれば、無理もない。
 或いは自分が居ない方が娘の未来が輝くのではないかと、そう考えたのだろうか。

「後になって振り返ると、母さんは過度に血統に依存してたんだなって思うわ。理由はやっぱりわからない。あんまり自分の気持ちとか考えとかを口に出す人じゃなかったから。でもあたしは絶対に隠し通す。幸い、顔が知れていたのは母さんだけだった。アストラスの名も、似た語感に替えて名乗ってる」
 ティナは階段に両手を立てて、後ろに伸びをした。

 ――彼女が纏っていた無害そうな魔物の群れは、近しい人間の残留思念じゃないかな。
 ふいに、カイルの言葉を思い出す。
 帝都の中は毎日のように魔物討伐や浄化が行われている。負の感情がある内は完全なる「無」に達することはないにしろ、全体的に瘴気が薄いはずだ。魔物狩り師たちに討伐されきらない魔物も、存在はできても育つことはできない。

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