42.b.
2015 / 03 / 26 ( Thu )
「ん~、それでも一部嘘で一部事実、って感じ。兄さんはどう思う?」
 急に話を振られたゲズゥは瞑目した。
「同意見だ。その女は何かを隠している」
「ゲズゥまでそう思うんですか」

 少なからず驚きを覚えた。彼らは一体何を判断材料にしてそう主張するのか。他人を疑って生きてきたがゆえに磨かれる洞察眼か直感だろうか。ミスリアには到底真似できまい。

「賞金って言っても、張り出し紙を見なかったんだよね。僕は街道をぶらぶらしてる時もそういうの全部チェックして頭に入れてるケド、閣僚の顔はどこにもなかった。そもそもあんな社会的地位の高い人間に賞金かかったりしたら大騒ぎでしょ」
 上体を起こし、リーデンが説明を付け加えた。わかりやすく理詰めな言い分である。

「その通り。あの方に賞金なんてかかってない。となると『賞金稼ぎ』は建前で……公の話じゃなくて、個人に頼まれたって解釈すればいいのかな」
 カイルの琥珀色の両目が探るように細められた。ティナは動揺を見せたものの、黙り込んでいる。

「相手を庇い立てするの? ああいや、そうじゃなくて、庇うに値する相手なの?」
 カイルが質問を言い換えた途端に反応があった。
 まさか、とティナは嘲笑交じりに吐き捨てた。
「だったら名を隠すのは何故?」

「言えない」
「相手をなんとも思っていない、それなのに名を隠し通さなきゃならないとなると、もしかして君のおうちが関係してるのかな~?」
 茶化すように訊ねるリーデンを、さっと振り返る。

「孤児院のことですね」
「そ。一番シンプルな話、きっとお金が絡んでる。だから雇い主は寄贈者の誰かなんじゃない?」
 瞬間、ティナが怯んだのを目の端に捉えた。

「やめて……」
「案外ダイジンさんのパラノイア通り、政敵の差し金なのかもねー」
「それ以上はやめて、お願い」
「――ひとつはっきりさせて欲しい」
 二人のやり取りに割り込んで、カイルがいきなり立ち上がった。

「大臣様が『命を狙われてる』と感じていた点について、心当たりは?」
「ティナさんが暗殺者まがいの真似をするはずがありません! ありませんよね!?」
 本人が答えられるより先にミスリアは訴えた。それは、聞きたくない真実を先延ばしにする為のただの悪あがきに過ぎない。

「さあーどうだろ。誰にも誰かを完全に理解するのは不可能だし、人が人を殺そうとする理由なんていくらでもあるんだよ。率直に感じたままに言うと、ティナちゃんに前科は無いと思うけどね」
 いつの間にかすぐ後ろまで歩み寄っていたリーデンが、これまでと打って変わって真剣な声音で囁く。
「いくらでも、ですか……」
 幼少期の内に早々に手を汚したリーデンが言うと、嫌な説得力があった。他に何も言えなくなり、ミスリアは諦めてティナの返答を待った。

「悪いけどそれも言えない」
 しかしあくまで彼女は頑なだった。ふむ、と顎に手を当ててカイルが考え込む。
「ここで君にとって一番良いシナリオは――脅迫されて行動に移したのだと、周りに認めてもらうこと、か。その雇い主はまさか助け出そうとはしないだろうし」

「なんと! 聖人様、まさかその女を逃がすつもりですか」
 それまで静観していた衛兵隊長が愕然としてカイルに詰め寄る。対するカイルは穏やかに微笑むだけだった。
「逃がすとは言っていません。ただ、捕虜への対応を誤って背後に居る人物の正体を探れなくなるのは不本意です。取引の一つや二つ、用意して然るべきでしょう。例えば協力してもらう代わりに罪状を軽くする、とか」

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