42.a.
2015 / 03 / 24 ( Tue )
 ミスリア・ノイラートは未だに信じられない想いで捕虜となった当人を見つめていた。
 縄で縛り付けられ、雪の上に転がされた女性は――紛れもなく、最近友達になったティナ・ウェストラゾである。

 外の降雪は吹雪に近い勢いを増しつつある。そんな中で、広がるのを止めない赤い染みに目が行った。ティナは怪我をしているようだった。

(せめて治してあげたいけど……)
 憤怒の見え隠れする青緑の眼差しに、足が竦んで近付けない。
 短い逡巡の後、全て同胞の青年に任せることにした。その聖人カイルサィート・デューセは、数分前にリーデンと衛兵が揉めている場面を仲介し、場所を変えることを提案したのだった。

 常緑樹と一握りの人間が囲う中、カイルはティナのすぐ傍でしゃがんだ。
 横たわっていた彼女を起こし、金色の髪に付着した雪も軽く払ってあげている。二人は正面から目を合わせる形になった。

「君たちが知り合いらしいからなんとか問答無用で引き渡すのを阻止したけど……相応の理由や事情が無ければ庇い切れないよ? このまま口を噤むんだったら、困ったことになるかも」
 細面の聖人は心底困ったような表情を浮かべた。
「それって、どうなりますか」
 耐えかねてミスリアは横から問いを投げかける。

「そうだね。できれば教団に身柄を預けたいね。大臣様の今の精神状態だとまともな判断を下さないだろうし」
 カイルは質問への直接的な答えではなく、希望を口にした。その返答にミスリアは納得した。

 ティナを連れて邸内から離れたとはいえ、まだ目と鼻の先の距離である。早急に結論が出なければ事態がこじれるのは目に見えていた。屋敷の人間で唯一ついてきた衛兵隊長も不服そうに睨みをきかせている。
 屋敷の主人からの処罰を退けるには、皆を納得させるだけの材料が必要だった。

「改めて動機を聞こう。君は何を目的としてあの屋敷に近付いたのかな」
 問われた彼女の眼光は一層鋭くなった。
「ティナさん、ご協力お願いします」
 ミスリアも懇願した。事情が明らかでないまま友達を処罰されてはたまらない。せめて極刑だけは避けさせてやりたいと願うのは、甘さだろうか。

 突風が吹き抜ける。ミスリアは飛ばされそうになるヴェールを脱いで、懐に仕舞った。
 沈黙はもうしばらく続いた。
 やがてカイルやミスリアを交互に見やり、ティナは双眸に宿していた剣呑な光を少しだけ和らがせた。

「…………賞金稼ぎよ」
「はい、ダウト」
 間髪入れずにリーデンが口を挟んだ。全員の視線が、雪の上で頬杖付いて寝そべる青年に集まる。リーデンは青黒い痣の残る端正な顔を、笑いに歪ませた。「その動機は、疑わしいね」

「嘘じゃないわ。これまでにもあたしが獲った賞金首の数は十以上。役人に引き渡した記録もある。いいでしょ別に、賞金で生計を立てても。国家に迷惑はかけてないわ」
 ティナは躍起になって言を連ねた。

(――ダメ、今また喧嘩になるのは)
 そんなミスリアの不安は杞憂に終わる。
 そっと宥めるように、カイルがティナの白い吐息の前に手を挙げた。

「まあ、賞金稼ぎは違法行為ではないね。むしろ秩序を守る上では特に役立つ職業だとも言われている」
 それを聞いて、そういえばティナは女性の都での働き口の少なさについて色々思うところがあったらしいのを思い出した。まさか彼女自身もその問題に悩まされているとは思わなかったのだ。日雇いの仕事やごく稀に用心棒を引き受けて生計を立てているとしか聞いていない。

 よくよく考えてみれば用心棒のような仕事では男性の商売敵と渡り合うのが大変なのかもしれない。女用心棒の方が望ましいと考える女性依頼主も居るだろうけれど、それでも若い女性の身なりで信用を勝ち取るのは難しい。

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