37.g.
2014 / 10 / 30 ( Thu )
 日の出と同時に出たのもあって、すれ違う相手は少ない。
 ゲズゥは今朝の朝飯についてぼんやりと思いを馳せていた。粗びきオオムギだけではすぐに消化し終わって午後までにもたないだろう。来るべき空腹感を先延ばしにするには茶で誤魔化すか、それとも各自持たされている炒ったカボチャの種を少しずつ食べるか。

 後者にしようと決めたのと同時に、土手の一本道が急に下り坂に変わった。道の左右には針葉樹が生い茂る。坂下は死角であり、誰かを待ち伏せて奇襲をかけるには絶好の場所――そう評するのは自分だけでは無いはずだ。
 早速、異変があった。すっかり先頭を歩くことに慣れてしまっている弟が、止まってロバの手綱を従者に引き渡すのが見える。

「一応ここは、おはようとでも言っておこうか?」
 警戒心をうまい具合に表に出さずに、リーデンは右手の針葉樹に向けて言い放った。女たちは静かにロバに身を寄せている。ロバは何が何だかわからずに鳴き声をあげる。

「おはようございます~。今日は青空にほんのちょっとの曇り、いいお天気ですね~」
 草を踏み分ける音がして、針葉樹の間から人影が滑り出た。ニット帽の男が、昨日と全く同じ人となりで姿を現した。
「一日ぶりですね。覚えてますか~? フォルトへ・ブリュガンドです」
「今日はお姉さんは一緒じゃないの?」

「一緒ですよ~。夜更けまで論争して、やっと話し合いで解決しようって結論に納得してくれました。貴方がたさえ良ければ、先輩の所まで連れて行きますケド」
 フォルトへが緩く笑いながら誘う。

「私たちに危害を加えるつもりは無いと言うんですね、フォルトへさん」
「はい! そんなことは決してしません! 組織の応援を呼んだって絶対来ませんから、ご安心下さい~」
「ではそのお言葉、信じさせていただきますね」

 ミスリアがそう判断した以上、全員は異を唱えずについて行った。
 危険を感じなくもないが、心底では嫌な予感はしなかった。理由は多分このフォルトへにあるのだろう。ゲズゥが昨日の短い時間で分析できた限りでは、純粋な戦闘力は何故か上司よりも部下の方が上だったように感じられた。天性の才能か、五感の一つを制限されているゆえの結果かはわからない。

 経験値と戦闘能力のアンバランスに加え、コンビとしても考え方がちぐはぐで、やる気に温度差がある――とすれば、連携が不完全になってしまうのも当然だ。
 いざとなれば打ち負かせる自信があった。

 やがて、木々が開ける場所に出た。消されてしばらく経つであろう焚火の残骸の前で、昨日の女が胡坐をかいていた。背後の樹に双頭のモーニングスターが立てられている。

「来たな」
「はーい、連れて来ましたよ~」
 上司に軽く手を振ってから、フォルトへは振り返った。

「穏便に話し合いが済むように、武器を出して、皆が見える所に置きましょうね~。ほら、この通り」
 焚火の残骸のすぐ隣に、奴は己の三日月刀を捨てた。勿論、鞘に収めたままで。「貴方がたもどうぞ~」と奴はゲズゥたちに笑顔で勧める。
 舌打ちの後、女がモーニングスターを手に取って立ち上がった。

 ――理に適っている。
 同意してゲズゥは背中の大剣と腰の短剣を潔く放った。すると女の鋭い視線が、微かに和らいだ気がした。
 モーニングスターを含めた武器の山が積み上げられていく。全身凶器のリーデンは袖の中のナイフを取り外し、ブーツまでもを脱いだ。

「腰周りもキラキラしてますよ~?」
「目がほとんど見えないらしいのに目ざといんだね」
 指摘されて諦めたのか、リーデンはチャクラムが多数ぶら下がっている帯を外した。腕輪や耳輪も続く。
 ようやく全員が身軽になり、輪になっての立ち話が始まった。

「罪人を連れ歩く、その行為も罪と同等だ。聖女、何故そんな真似をする?」
 女が正面のミスリアを見下ろして本題に入った。
 こうして間近で見ると全体的に幅が広めの、肉付きの良い女なのがよくわかる。顔のつくりも濃い方だ。目や髪の色が暗く、野性的に女らしい、と形容するのが最適かもしれない。身長も女にしては高い。隣のフォルトへより指一本の太さ分には上だ。

 それゆえ、ミスリアとの対比が際立っている。

「彼が私に必要だからです」
 服装からして村娘にしか見えない小柄な少女が、物怖じしない様子で応じた。
「生きる価値の無い、どん底のクズでもか」
 女の冷徹な返しにミスリアは唇を噛む。

「価値ね。君に何がわかるっての」
 怒りを隠しきれていない声でリーデンが口を挟んだ。銀髪が逆立ちそうな勢いだ。
「そういう貴様こそ、何だ? 報告には二人で逃亡したとしか書かれていなかったが……何故彼奴らと行動を共にしている?」
「…………」
 答える必要は無いと思ったのか、リーデンはそのまま無口無表情になった。
 話題の中心であるはずのゲズゥはただ一連の会話を無感動に傍観する。

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