30.a.
2014 / 02 / 25 ( Tue )
 その時にはまだ、リーデン・ユラス・クレインカティは「死」という現象を理解できていなかった。
 人間のみならず林の動物が時々動かなくなるのは知っていたが、それについては兄から「終わったからだ」と過去に説明を受けている。まだリーデンは物事の「始まり」と「終わり」をあまりよくわかっていなかったので、当然、兄の説明では不足だった。

「おかあちゃ」
 リーデンは地に横たわる女性を片手で揺さぶった。
「おかあちゃ、あついよう。すずしいとこいきたい……」
 言いながらも母の肌の冷たさに怯えた。

 先程から村に何が起きているのか、五歳程度のリーデンの頭はまるで理解していなかった。
 どうやら足音のうるさい人たちが沢山踏み込んできて火をつけて回っているようだが、もともと寒くなかったし、何故そんなことをしているのか謎である。家が燃え崩れるから止めて欲しい。

 とりあえずは混乱の中を走り回っていた内に遠くから妹の泣き声が聴こえたので、そちらに向かってみた次第である。
 ところが駆け付けた時には小さな妹はもう泣いていなかった。母の身体に覆い被された赤ん坊は、変な方向に体が捩れたまま、ビクビクと痙攣している。

 ――何かの新しい遊びだろうか。

「おかあちゃ、おかあちゃ、おきてよう。ちっちゃいのがつぶれちゃう」
 いつの間にかリーデンは両手で揺さぶっていた。手に何かぬるっとした物がつくのも気にしない。
「おきてよう」
 あまりもの反応の無さにしびれを切らし、力の限りに母の肩を引っ張る。

 伏せられていた顔が、少しだけ地面から持ち上がった。リーデンは深く考えずに覗き込んでみた。
 頬には涙の跡、口元には鮮血、そして血走った眼(まなこ)を見開いたままの必死な形相。
 我が子を守ろうとして儚く散った彼女の、それが最期の姿であった。

 幼いリーデンには初めて見る母のこの表情からそこまで読み取れるはずが無く――ただ、わけもわからずに嗚咽がこみ上げた。
 動かないのに、寝ているのとは違うのだという認識が、徐々に染み込んでくる。

 背後では誰かがガサガサと草を踏み分けて近付いている。でもそんなことはどうでも良い、今はまだ母の顔から目を離すことができなかった。

「おい、こんな所にガキが居るぞ」
「まだ生きてるのが居たか。殺せ! 何歳だろうと関係ない、化け物の一族は根絶やしにしろ」
 男の一人が幼子の首を片手で軽々と締め上げた。リーデンの喉から呻き声が漏れる。

「まったく見ろよ、この白い目。病気みたいだ。何度見ても気持ち悪いな」
「そうだな。早く殺しちまえよ」
 もう一人の男が嫌悪感たっぷりに同意する。

 突如、何か黒いモノが旋風のように二人の男に衝突した。リーデンはその勢いのままに吹き飛ばされ、全身を打ちながら地に落ちた。

「何だぁ!?」
 旋風を巻き起こした人物は男たちを蹴り倒し、その内の一人の上に馬乗りになって、黒光りする鋭いモノを両手で掲げた。
「うがあああ」
 その男は顔面をめった刺しにされてこと切れたが、目の前の行為の恐ろしさをみなまで理解できないリーデンは、ただ上体を起こして呆然とした。

「てめえ!」
 残された男が剣を抜くよりも早く、血まみれの加害者は動いた――敵の喉を掻っ切る必殺の一撃を繰り出して。
 鮮血が周囲に撒き散らされる。

 そこでようやくリーデンは恐ろしさを覚えた。
 ――怖い。知らない男たちも、急に現れたこの血まみれの人も、燃える家の熱さも、そこら中に漂う変な臭いも、何もかも。
 屈んだ姿勢のその人が、素早くこちらを振り向く。よく見れば女の人だ。

「リーデン!?」
 呼ばれて、その人が誰なのかすぐにわかった。
 まっすぐな黒髪、きりりと吊り上がった両目、右目に泣き黒子。母をいつも助け支えてくれる人で、厳しいけれど、なんだかんだでリーデンの世話もしてくれる――兄の母親だ。


 私はげっさんママに未練でもあるのか……

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