27.c.
2013 / 11 / 12 ( Tue )
 そのまま二人は滑らかに人混みの中を通り抜けて行った。というよりも、人々が青年の為に道を開けるのである。しばらく経つと視界は開け、水音が響く場所に出た。

 大きな白い円型の噴水、その中心の魚のオブジェから水が噴き出している。縁に座るのは食べ物を手にした男女のカップルか子連れの家族という組み合わせ、又は一人で誰かを待っているらしい人たちが大多数である。

「さ、ここだよ。本当は冬に備えてそろそろ噴水も停止されるんだけど。まだやってるとはね。寒かったらゴメンね」
 青年は縁の空いてる場所にまずはミスリアを座らせてから、自分も隣に優雅に腰を下ろした。太腿同士が触れる近距離にである。
「ご親切にありがとうございます。もう私は一人で大丈夫です」
 ミスリアは努めて平静に言った。それから、もう少し距離を離そうと身をよじる。

「そう?」
 せっかく離れようとしたのに、青年は自ら顔を近付けてきた。
「は、はい。貴方の貴重なお時間をこれ以上取る訳には……行きませんし……」
「気にしなくていいよー、そんなことは。僕が君の連れに会ってみたいってだけだからね」
 意気揚々と答える青年に対してミスリアは笑みだけを返した。どうあっても彼は付き合う気らしい。

 それからは、静かに広場の人々を見回す時間になった。と言っても、ミスリアはどうにも落ち着いて座っていられなかった。本当にゲズゥが此処に来るのかという不安もあるが、単にこの青年の隣に座っているのが落ち着かないのである。通り過ぎる人々を観察するはずが、逆に皆がこちらに好奇の視線を向けてくる。時折、青年の顔見知りらしい人間が手を振ったりもする。好奇の視線を受ける度に、きっと自分のような小娘がこんな美青年の隣に座っているのがおこがましいのだ、みたいな苦悩がミスリアを苛む。

 サァァ――という噴水の音が背中に当たり、時々水しぶきが後ろ髪に飛びつく。

(早く来ないかな)
 隣の青年の横顔を目に入れると何故かドキドキするので、人混みを眺めるのに疲れた時には、代わりに地面などに視線を注いだ。
(……指輪が)
 青年が右手の小指に宝石をあしらった指輪を付けているのが視界の端に見えた。小さな宝石の複雑な光沢は初めて見るものだ。眺める者の心を奪う輝きである。まるで、持ち主の瞳と同じ――。

「この指輪が珍しい?」
 いきなりの青年の声に、ミスリアは肩を震わせた。
「デマントイド・ガーネットって石だよ。僕の目の色に似ているからって、商人に強引に売り付けられたんだ」
「そうなんですか。綺麗な緑色ですね」

「……んー、やっぱ女の貢物だったかなぁ。自分だと思って大切にして下さいって泣き付かれてさー」
 青年は思い出す素振りを見せた。真剣なのかどうかよくわからない表情だった。
「す、すごく情熱的な方だったんですね」

「あははは。ホントはね、どっかの町で見つけて、気に入ったから適当に買っただけ。その程度の、大して面白くも何とも無い話だよ」
 悪びれずに青年はころころ笑う。

(……この人は何なの)
 次々と嘘を吐かれ、終いには何が本当なのか見失ったというのに、怒る気が起きなかった。
 彼の一挙一動にいちいち動悸がおかしくなる。笑顔を目にする都度に目がくらむ。ミスリアは膝の上で両手を握り合わせ、気をしっかり持とう、と自分に言い聞かせた。

「あ、そういえば名乗ってなかったね。僕はリーデン・ユラス。君は?」
 ふいに顔を覗き込まれ、やはりミスリアはどきりとした。
「私はミスリア・ノイラートと申します。リーデンさん」

「ふうん。かわいい名前だね」青年は目を細めて笑った。「ところでさ、お迎えさん来たみたいだよ。良かったね?」
「えっ」
 リーデンの目を追った。すると二人の正面に、いつの間にか大きな人影が立っていた。

(――!?)
 常に無表情なゲズゥにしては鬼の形相である。
 驚きのあまり、ミスリアは怯んだ。というより純粋に怖い。

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