23.f.
2013 / 06 / 26 ( Wed )
「めざといな、お前」気まずい空気をかもし出すことなく、エンはけらけらと笑った。「別にコレは理由の内じゃねーけど。見られたくないのは違いないな」
 奴が手首を翻し、傷痕は視界から消えた。
「そうか」
 とだけ、ゲズゥは返した。

 花壇から目線を移したミスリアが、大きな目を瞬かせている。
 暫時の沈黙が流れた。
 往来の人々はゲズゥらに関心を示すことなく、忙しなく通り過ぎている。水瓶を頭に乗せた女がすれ違いざまに一瞬だけこちらをチラリと見たが、それだけだった。

 ミスリアがゆっくりと立ち上がる。茶色の瞳はエンをしっかりと捉えていた。ところが、次いで発せられた言葉は心もとない。

「あ、あの、私にできることがあれば言ってください。古い傷を治すのは難しいんですけど、精一杯頑張りますから……」
 オロオロとかける言葉に困るその様を、ゲズゥは今までに幾度も見てきた。

 相手を気遣いたい気持ちを持て余し、どう言ってあげるのが一番いいのかわかりかねているのだ。それを「できることがあれば」の言葉に包む事で、何より相手を尊重したいという意思を示している。「お前にできることは無い」と相手がそう断じれば、大人しく従うだろう。
 押し付けがましくない分、そういった想いが純粋に届くこともある。

 エンは最初、驚いたようだった。次には、朗らかに笑った。

「……嬢ちゃんはホントお人よしだなぁ。そんなんじゃ早死にしそうでこえーよ。誰も彼も助けようとして、疲れないか?」
 ゲズゥも何度か抱いてきた疑問である。今となっては、この娘の根本を成す性質だと受け入れて諦めている。

「私……私たちは、何度も貴方に助けられていますから。信頼に値する人物だと思ってます」
「カワイイこと言うじゃん」
「はい?」

 次の瞬間、エンは大股でミスリアに近付いた。長身の男は少女を両手でひょいっと抱き上げ、子供に高い高いをするように空に放った。

「きゃあ! イトゥ=エンキさん!? 何するんですか、やめ、やめてください!?」
「ははははは」
 エンは笑うだけで取り合わない。

 きゃあきゃあ喚く少女を、道行く人々は好奇の目で見る。あらまあ仲良いのねー、と口元に手を当ててくすくす笑う女も居た。
 あまり長引くと不審者だと勘違いされないだろうか。ゲズゥはふとそんなことを考えた。

 少なくともミスリアに害が及ぶ予感は全くしないので、手を出さないでいる。
 が、助けを求める目がこちらを向いた。タイミングを同じくして、エンはくるりと身体を巡らせた。

「ほれ、パス」
 宙に飛ばされ、ミスリアが小さな悲鳴を上げる。
 ゲズゥは飛んできた華奢な身体を素早く受け止め、地に下ろしてやった。
 若干目を回しているのか、ミスリアはぼんやりとしていた。

「ごめんなさいっ」
 我に返ると、すぐにゲズゥの腕から逃れた。何を謝ったのかは謎である。
「オレ妹欲しかったなー。来たのは姉だったけど」
 エンは両腕を組んで、悪びれずに言う。

「……来た、ですか? やはり血は繋がっていないのですね」
「わかったか。っていうか全然似てないだろ? ヨン姉は父さんがこの町まで遠出に行ったある時、連れて帰ってきた孤児だよ」
「そうだったんですか」
「そ。たまたま同族だからか感情移入しちゃって、教会から引き取ったってさ」

 それを聞いて、ゲズゥは色々と納得した。生き別れた後の姉の消息を、元々彼女と縁の深い教会なら何かわかるだろうと考えたのはそういうことか――。
 そして、十五年前にあの女やエンが味わったであろう絶望をなんとなく想像して、冷風が吹いたような錯覚を一瞬覚えた。

「イトゥ=エンキさんは、どうしてお姉さんを避けるんですか? 会いたかったのでしょう……?」
 少女の澄んだ声が静かに問うた。どこか、陰を内包した声だった。
「そりゃあ……ヨン姉は十五年前までのオレしか知らないんだよ」
 ミスリアの様子に気付いたとしても、エンもやはり静かに答えた。

「……? 必然的にそうなりますね」
「つまり。これまでに何処でどうやって、何をして生きてきたのか、知らないワケだ」

 即時にゲズゥは理解した。
 隣のミスリアも、エンとの最初の出会いやユリャン山脈を思い出したのだろう。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

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