21.b.
2013 / 03 / 01 ( Fri )
 今しがた交わされた会話の内容も大変気になるが、ミスリアは自分の置かれた状況をまず飲み込もうと努めた。

(木と土の匂いがする。少し空気が湿ってるから、最近、雨が降ったのかしら)
 おそらく屋外、しかも緑の濃い場所にいるはずである。
 他には汗の匂いと頬に触れる熱。髪を撫でる風からは、速く移動していることがうかがえる。

 そして、何かを抱き込むような体制で両の手首が縛りつけられていた。拘束する為の縄ではなく、ただの布だ。きっと、眠っていたミスリアが落ちない為の措置。
 これらの手がかりを合わせると、やはり運ばれているのは間違いないだろう。

 やがて両目の焦点が合って、考えた通りの状況だとわかった。
 視線を感じ、ミスリアは頭を左へ巡らせた。右目は黒、左目は白地に金色の斑点に彩られた、左右非対称の瞳がこちらを見つめ下ろしていた。顔が、息が重なるほどに近い。

「んん? 嬢ちゃん、目が覚めたのか?」
「そう見える」
 低い声と共に吐息が額にかかって、ミスリアは思わず身震いした。

「おー、良かったな。オハヨー」
 リュックを背負ったイトゥ=エンキが飄々と笑った。旅のせいか、髪や服やリュックまで、全体的に汚れて見える。
「……おはようございます」
 どうにも動かしづらい舌を懸命に回し、ミスリアは彼に挨拶を返した。

「気分は」
 立ち止まったゲズゥが無機質に訊いた。心配や労わりを欠いた、事務的な質問だった。ミスリアは気にせず答えた。
「…………体が、とても重いように感じられますが……。あの、私、どれくらい眠っていましたか?」

 涼やかな空気と木々の間から差し込む日差しの角度からして、早朝のようだった。けれども身体の感覚で計れば、もっと長い間動いていない気がする。

「そうだなぁ、えーと」イトゥ=エンキは指を折り曲げつつ数えた。「五日ぐらいだな」
「いっ……!? そんなにですか?」
 こめかみを押さえていたミスリアが跳ねるように顔を上げた。

「おうよ。冷水浴びせたり気付け用の薬草焚いたりさー、色々試したけど全っ然起きなかったぜ。一応、脈と呼吸は普通っぽかったから大丈夫そうだと思って。でもこれ以上起きないんだったらどうしようって話してたんだよな」

「そうだったんですか……」
 生返事をして、ミスリアはゲズゥの鎖骨辺りに頭を休め、物思いに耽った。
 理由ならすぐに思い当たる。

(カイルの言った通り、離れた場所から聖気を送るのは、無茶だったのね)
 理論上は可能で、現実にも実現できた。
 しかしその都度何日も眠り込むのでは、割に合わない。無防備が過ぎるし、周りに迷惑もかかる。

(例えば大技の直後にゲズゥやお頭さんを治していなかったとしても、反動は大きかったはず)
 結局は友人の考え通りに、実用性の低い術なのだろう。
 よほどの状況でなければ使えない。それでも、使えると判明しただけでもある意味では収穫だった。

「……お前が助けた男が、礼を言っていた」
 いつの間にかまた歩き出していたゲズゥがぼそりと呟いたので、ミスリアは彼を見上げた。

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