20.h.
2013 / 02 / 09 ( Sat )
 部屋中の視線がアズリの太腿に吸い付いた。蝋燭立てのすぐ隣であるだけに、その白さは一層際立っていた。
 彼女の笑顔は、勝ち誇っているようにも見えた。
 
「まあ、いいじゃないの。ひな鳥が巣立つのを見送る親鳥の要領で、送り出せば?」
「ヴィーナ。口を出すんじゃねぇ」
 強気な口調の頭領の方へ、アズリは身を乗り出した。

「見苦しいわよ」
 軽蔑の込められた目だった。
「なっ……」
「刺された目を治してもらったでしょ。約束守れないオトコはカッコ悪いわ」

 何があっても怯まなそうな大男が、自分より一回りも二回りも小さい女に、冷たい目を向けられただけで萎縮している。

 エンが頭領に出した条件は――自分の望みを一つ叶えてくれるなら、負傷した目を治すように聖女に掛け合ってやる、だった。
 他の日であれば頭領はそんなものを笑い飛ばしたかもしれない。隻眼になったところで生活はできる。だが、あの時ばかりは事態が切迫していた。
 奴は条件を呑んだ。少なくとも、そのように振る舞った――。

「奪って生きるのは正しいことよ。でも、嫌われたくない相手から奪っても、自分が悲しいだけだわ。親子というキレイな思い出のまま、終わりたくないの?」
「おめぇが気にかけてんのは部外者の方だろぉ。何でそこまで肩を持つ?」
 苛立った質問に対して、アズリは笑みを返した。

「アナタがイトゥ=エンキを傍に置きたいように、私だってあの子たちが可愛いのよ。アイの形が違うだけ」
「愛、だと――」
「欲張らないで。十五年も居て、しかも反抗期も無かったんでしょう? 充分だわ。それ以上望んでどうするの。子供ってのは、追い詰めたら逆上するものだから。自由にさせるべきよ」
 あのゆっくりとした話し方で、アズリは威圧的な言葉を浴びせる。
「そりゃあまあ……おめぇの言うコトもわかるが……」

「姐さん、子供産んだことあるんですか」
 耐えかねたように、苦笑交じりにエンが口を挟んだ。
「どっちだと思う?」
 ふふ、とアズリは笑う。

 いつの間にか、話の流れをアズリが掴んでいた。

「一番可愛いのは自分だけど、お気に入りの玩具にだって、たまには手を貸すわ。ましてや昔なじみだもの、そのよしみで助けてあげたいの」
 アズリはゲズゥに向けてウィンクした。次いで、滑り込むように頭領の膝の上に乗った。
 ねぇ、と甘い声で囁く。

「――……しょーがねぇなあ」
 頭領は、呆れと疲れの混じった深いため息をついた。
 その答えを聞いたエンが破顔した。全身の肌に、黒い模様が浮かび広がっている。

_______

 眼前に何か障害が待ち受けているような予感がして、立ち止まった。
 踏みしめている草の感触が、サンダルの裏から伝わる。
 ゲズゥは足元を注視した。灯火の無い夜の闇では、ほとんど何も見えない。その上、今夜は新月らしい。星明かりもあまり頼りにできない夜だ。

「どした? 敵か?」
 すぐ後ろから追いついてきたエンが、小声で問うた。
「気配は無い。ただの勘だ」

 しばらく目を凝らしてみたら、数歩先の闇が濃さを増しているように見えてきた。

「ちょっと待て」
 エンは今まで通ってきた道を思い返すように、額に指先を当てて唸った。周囲の正確な地図が頭の中に記録されているらしい。
「そうか、此処は――」

「何を立ち止まってるんですか?」
 若い男の声がしたと思ったら、その男がゲズゥの横を通り過ぎた。
「あ、こら、貴族の坊ちゃん。だからそっちは」
「ぎゃあっ」

 エンの制止の声もむなしく、どこぞの貴族の五男坊とやらは、身体を宙に浮かせた。
 じゃらっ、と音がした。奴の腰にエンが鎖を巻き付けて、転落を防いだのである。

「斜面が急に切れ落ちるから気を付けろ、って言おうとしたんだ」
「すみません……ご迷惑おかけします」
「なあ、お前けっこー重いのな。オレ非力なんで、引き上げんの無理かも」
「そ、そんなあ!」
 掠れた声での、悲痛な叫びだった。

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