19.f.
2013 / 01 / 12 ( Sat )
**注意喚起**
 ここから勝負の決着までは流血・暴力描写が次々出ますので、苦手な方はご注意ください。



 ゲズゥは大剣を横薙ぎに振るった。勿論止められたが、急な展開とその勢いに捕らえられて、頭領の斧を持つ手がぶれた。チャンスだ。
 続けざまに、回し蹴りを入れる。奴の横腹の、岩のような腹筋に当たった。
 
 皮肉にも考えるのを辞めた途端に閃いたのだ。緩慢なペースに慣れさせて油断を誘う、という方法を。
 存外うまく行った。しかし、おそらくは大したダメージにならないだろう。むしろこっちの脛が痛い。
 ゲズゥは一回転して更に斬りつけた。
 
 首筋を狙ったのだが、頭領は腕を上げて阻んだ。斬られた前腕からぶわっと血飛沫が飛び、おおっ、と観客がどよめく。
 急に奴の顔が近付いてきた。
 飛び退こうとしたが、がっしり肩を掴まれて逃げられない。なんて力だ――
 
 額にとんでもない衝撃があり、反動で後ろへスナップした首が鋭く痛んだ。
 視界が揺らぎ、耳が何かおかしな音を訴えている。思わず立ち止まって頭を抱えたい衝動を抑え、ゲズゥは剣の柄で奴の胸を突いた。呻き声が聴こえたが、これも大したダメージにならなかったはずだ。
 何とか離れねば、そう思って跳んだ瞬間、棒状の物が頭部にぶつかってきた。戦斧の柄だ。
 
 とにかく跳んで後退した。何とか息を整える。
 今までの過程の何処かでやられたのか、生温かいモノが鼻腔から滴っていた。髪もぬるっと湿っている。尋常ならぬ力で殴られたのだから当然だろう。
 拭っている余裕は無い。今にも遠のきそうな意識を奮い立て、ゲズゥはまた攻撃に出た。
 あろうことか、頭領もその時、前に出た。
 
 ――まずい。
 瞬くような焦燥が過ぎった。間合いが外れるからではない。
 奴の手に、短い方の斧が握られていた。いつの間にか長い戦斧を捨てたのだ。確か、こっちは鋭利だ。
 
 ゲズゥは振り上げかけていた腕を引き、ちょうど大剣の鍔(つば)近くの鋸歯(きょし)で、斧を受け流した。じゃりりりり、と嫌な音がした。次の瞬間、剣を振り下ろした。
 頭領が仰け反ったためいくらか勢いはそがれるも、顎に向けて奴の頬の肉がぱかっと開いた。
 大したこと無いように引きつった笑みを浮かべ、頭領は斧を振るった。咄嗟にゲズゥは下がった。
 
 それにしてもこの男は、一体どうすれば怯むのだろうか。
 痛みを意識から切り離す能力に関してはゲズゥも優れているが、目の前の男のそれは異常とすら呼べる。
 既にゲズゥは肩で息をしていた。だが立ち止まっていられない。
 
 反射神経に頼って、次々と繰り出される斧の攻撃をかわし続けた。
 奴が特に大振りした時を見極め、ゲズゥは剣を放して宙を跳んだ。敵の背後に着地すれば狙い打ちされる可能性が高いが、今なら――。
 案の定、巨漢はすぐには体の向きを変えられない。その隙に、ゲズゥは頭領の岩のような肉体を掴んで投げ飛ばした。
 
 抵抗されたのと重量がありすぎたのが原因で、奴はそれほど遠くへ飛ばなかった。三ヤード先でうつ伏せになっている。
 それでも十分、体勢を立て直す時間ができた――と思ったのだが、体に力が入らない。視界が霞んでいる。ゲズゥは膝に手を付いた。
 
 目の焦点が合った僅か数秒の内に彼はそれを見た。うつ伏せていたはずの男が顔を上げ、何か動いているのを。
 見ただけでどうすることもできなかった。
 
 ごっ、みたいな鈍い音と共に腹部に激痛が走った。
 誰かの甲高い悲鳴が耳をついた。
 ますます視界が揺らいだが、何が起きたのかは、見なくてもわかった。
 
 ――あの男、あんな姿勢から投擲したのか。
 こうなっては感嘆するほかない。これほどの人間に出逢うことなど、人生でそうそう無いのではないか。
 
 熱が内に広がるような感覚がして、ああ、これは打ち所が悪い、致命傷だな、と直感的に察知した。
 察知したら、一気に視界が黒く染まった。
 
 黒い海の中を急速に沈んでいるような感覚だった。
 頭上の水面の方からはエンの数える声がするが、みるみる内に遠ざかっていく。試しに泳ごうとしてみたが、そもそも手足を持たない空間なので無意味だった。
 底の方からは……呻き声? 泣き声? のようなものがした。
 
 ゲズゥは海底の方を見やって――四方八方が真っ暗で何も見えないため、そして身体が具現化されていないため、実際に下を向いていたのかは定かではない――相変わらず暗闇しか見えないが、声の正体に気付いた。どうしてそれに気付いたかはこの際どうでもいい、ただ、根拠無く確信が持てた。
 
 海の底に居るのは、自分が今までの人生で害してきた人間達の怨念だ。或いは魂そのもの。
 なんとなく、あの中には生きた人間のものと死んだ人間のものが混同しているのだと思った。
 
 このまま沈み切れば、間違いなく絡め取られる。そうしてきっと、自分は魔物に転じるだろう。
 前にミスリアに聞かされた話が本当ならそうなるわけだが、裏付けなど無くても、何故だかこれも確信できた。
 
 今日までに死にそうな目に遭ったのは数え切れない程にあったが、こんな感覚は初めてだった。
 恐怖は感じないが、処刑される寸前のあの時に比べて、いくらか気になることがあった。例えば、自分の死を悲しんでくれる人間が居るかどうか。
 
 ――アレは、気付きはするだろうが、泣いてはくれないだろう。アズリは……期待しても無駄。エン辺りは悼んでくれるだろうか、それにオルトも。ミスリアは?
 
 ミスリアは――そうだ、あの人の好い娘のことだ、この場でゲズゥが魔物に転じたなら、きっと浄化してくれる。魔物になって味わう苦しみもそれなら長引かずに済む。
 更に運が良ければ、先に亡くなった同胞の元に還れるかもしれない。「神々へと続く道」、だったか? そんなものがあるなら、その真偽を確かめる機会ともいえよう。
 
 母の「長生きしなさい」という言葉を守れないのは残念に思う。従兄との約束とて、結局果たせていない。でももう、実現不能だから諦めるしかない。
 まどろみながら、ゲズゥの意識はどんどん沈んでいく。底から伸びる、恨めしそうな声が大分近くなっている。
 魔物として存在するのはどんな気分だろうか、知能が無くて誰とも通じ合えないというのは――いよいよそんな事を考え始めていた。
 
 刹那、水面の方で何かが光った。
 見間違いかと思って注意したら、今度は力強く、光が海に潜り込んできた。
 
 自分は深く沈んだはずなのに、光は触れられそうなぐらいに、まるで追い付こうとしているように、迫る。
 淡い金色の、温かい帯。母の無償の愛のような、大らかに包み込むような温もりがあった。
 
 ――知っている。
 普通の光などにこんな性質は伴わない。何故、どうやって、どうすれば、と疑問が一斉に沸いたが、捨て置いた。
 
 それ以上考える必要は無かった。
 ゲズゥは光の帯に縋るように、意識を集中させた。

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

12:13:50 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<19 あとがき | ホーム | 19.e.>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ