19.b.
2013 / 01 / 02 ( Wed )
「それより、頭のコレな」
 エンは手の中の戦斧を指差した。
 何か有力な情報を得られる予感がして、ゲズゥは顔を上げた。紫色の瞳と目が合った。
 
「コレは昔使ってた奴。最近のとはちょっと違うぜ。今は腰に提げてる短い斧と、背負ってる長い斧があって……長い戦斧の方は、どっちかっつーと鈍器に近い。昔は鋭利なのを使ってて短い方は投げる専門だから今もそうだけど。長いのはあんまり斬れない方が相手をもっとよくいたぶれるからってさ」
 そう言ったエンの顔にはハッキリとした嫌悪の感情が浮かんでいた。
 
「だから攻撃喰らったら骨が砕けて、内出血が無ければ、苦しみは長引く。しかも斧の部分は、昔のコレよりずっと重い」
 逆に言えば打ち所が悪ければ間違いなく死に向かうということだ。内出血は厄介すぎる。砕かれた骨が急所に刺さっても厄介。
 
「……頭領の戦闘種族としての特性は、腕力に長けているように見えた」
「そんなんあるのか? まあ力は間違いないけど、頭はああ見えて脚力も人並み以上だぜ。でも大技ん時は右脇ががら空きだ。本人も熟知してる弱点だから簡単には突けないけどな」
 手本のつもりか、エンは戦斧を大きく振った。
 長い間あの頭領を注意深く見ていたからだろう。昨夜数分だけ戦ったゲズゥにもわかるぐらいに、型の再現率が高い。が、再現しているのは型だけで、速度や威力は比べ物にならない。
 
 ――身の丈に合った武器を選べ。誰かを真似ては無意味だ。
 また、懐かしい声がした。
 本来エンがひいきにしている武器が斧ではないから、なんとなしに振るっても頭領に敵わないのは当然だ。
 よく見れば、最初丸腰だと思ったが、実はベルトか装飾品のように巻いている鎖が本来の奴の愛用する武器なのかもしれない。
 
「ちなみにお前の特性は?」
 エンはまた斧を一度大きく振って、起き上がろうとしている魔物を斬った。
「俺の先祖の系統は優れた筋力と、主に瞬発力が特徴だ」
 自分でも驚くほど、躊躇無く答えた。今まで誰と話していても決して舌に乗せなかった情報だ。この男に対して、妙な仲間意識でも芽生えているのだろうか?
 危機感は無かった。ただの勘だが、この男は自称していた通りに信用に値する人間に思えた。
 
「ゼロから全力、静から動に移るのが速いってとこか。加えて、細マッチョ体格にしてはバカ重い剣を振り回せる力……天性の才能ってスゲーな」
「…………」
 否定しなかった。この身体能力が祖先から受け継いだ数少ない重要な財産であるのは確かだ。
 これだけを土台に、強くならなければ生きていけなかった。どうせならもっと別の何かを残してくれれば良かったのに、と考えても仕方が無いことだった。
 
 ゲズゥは今度は自分から質問した。
 
「お前が常に感情を押し殺しているのは、『紋様の一族』のもう一つの特性が原因か」
 紫色の双眸が一瞬、大きく見開かれる。
「それも知ってたのか。その通りだよ。まあその内見せてやるから、楽しみにしとけ」
 淀みない答えが返ってきた。
 
「じきに夜が明ける。行こうぜ」
 エンの提案に、ゲズゥは素直に頷いた。
 これから死闘が待ち受けているというのに、心の内にさざなみ一つ立たなかった。ただ、自分だけでなくミスリアの命までかかっている点だけが気がかりであった。
 
_______
 
「後悔、してない?」
 柔らかい微笑をたたえた絶世の美女が、いきなりわけのわからない質問を投げかけてきた。
 ゲズゥは振り返る姿勢のまま、無言で続きを待った。
 
 ここは闘技場の中心へ続く通路。あと二歩進めば屋外に出る。今まさに夜明けを迎えようとしている外では、鳥たちがしきりに鳴きあっていた。
 アズリは今日は髪を頭の後ろに複雑に結い上げている。泡沫を思わせる淡い色のビーズや羽などが編み込まれ、色合いは首飾りや耳飾と揃えられている。当然、地面に引きずるほど長いガウンを彩る宝石とも合う。
 腹の足しになどなりやしないのに、女はよくも外見にここまで手を込められるものだ。――いや、この女の場合はそれを武器に男に取り入るのだから、ある意味腹の足しになっているとも言えるか。
 
 初めて出会った頃のアズリは今より遥かに化粧っ気がなく、飾らない服装に肩に届かない長さのストレートヘアといった、地味な外見をしていた。それでもその存在感や造形の美しさは、初めて見る者を絶句させるほどだった。
 後に知ったことだが、それは当時の男の好みに合わせていたのだと言う。
 我の強い彼女が性格や生活習慣まで調整することは無くても、なるべく外見を男の好みに合わせるのがポリシーだと言うのだから、今の派手な格好も頭領に合わせているのだろう。
 
「あの時私を望まなければ、アナタがあそこを追い出されることも無かったわ」
 ようやくアズリが話を続けた。組んだ両腕の中で、輝かしい腕輪が幾つも重ねらた細い手首の内側を見つめている。そこに施された青い花の刺青は、かつて共に属していた集団の象徴だ。
「さあな」
 ゲズゥはそう答えた直後に、ある日を回想した。
 
 ――アナタとは一緒に行けないの。悪く思わないでね。
 ――結局こうなるのか。
 ――わかっていたことでしょう? アナタの為にこのポジションを捨てることはできないわ。まぁ、殺されなかっただけよかったじゃない? 寛大な処置を有難く思って、一人で頑張って生きることね――
 
 無邪気な、まったく悪びれない笑顔。
 自分が何かくだらない衝動に憑かれていたに過ぎないと、真に発覚したのはその時かもしれなかった。しかしもともと他人に執着しない性格ゆえに、醒めた後はあっさり忘れるのも簡単だった。
 
 現在のアズリが口元に手を当てて、困った顔で首を傾げた。滅多に見ない表情だ。
 
「私は楽しかったからいいけれど。せっかく仲間に迎えた十五歳の少年を独り苛酷な世に戻したの、これでも後悔したのよ?」
 と、口では言っているが、本心がどうか知れない。ゲズゥはこの際相手にしないことに決めた。
「気にするな。見ての通り、生き延びている」
 振り返っていた肩を戻して一歩前へ踏み出した。

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