07.f.
2012 / 02 / 05 ( Sun )
 軽々しく口にしていい問いでは決して無いと、ミスリアはよくわかっていた。まるで、貴方の人間性を疑っていますと言っているようなものだ。

(それでも知らずに隣で歩き続けるなんて無理)
 空虚を、ミスリアは思い出していた。もしもあのひとが今まだ生きていたならと、一時も思い出さずにいられない。もっと、もっと、一緒にいたかったのに。

 返事を待つ間、沈黙に満ちた闇の中で行き場の無い不安を持て余し、足の指を意味もなく動かした。左から右へと順に一本ずつ。
 数分経って、ゲズゥがため息をついたのを聴いた。

「場合にもよるが……まったく、考えない訳じゃない」
 彼の言葉はいつに無く億劫そうだった。答えてくれたこと自体に驚きを覚える。

 ゲズゥの様子からミスリアはあることに気づいて、はっとした。

(私ってもしかしてひどいこと訊いたの? 人の一生が終わることの重さを、親族全員失った人が知らないはずないよね?)

 罪科を差し引いて考えれば、当然そういうことになる。心の中にどれほどの傷を、孤独を、抱えて生きているのかなんて、他人に量れるものではない。
 無思慮過ぎる。どうして今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだ。きっと、「天下の大罪人」という肩書きに気を取られすぎたのだろう。深く反省した。

「ごめんなさい。今の質問は無かったことにしてください。私の方が浅はかでした」
 思わず身を乗り出しながら、ミスリアは慌てて謝罪した。伝わるかどうかあやしいけど頭も下げる。

 すると何か妙な音が聴こえた。喉を鳴らして笑っているような。
 ――笑っている?

「……お前は、気の遣いどころが、おかしい」
 暗闇より返ってきた声からは、重苦しさが消えていた。多く見積もって、「楽しそう」だった。ミスリアが謝る理由を見通してる風だった。

「俺は生きるために必要なら他者を喰らう。生存本能に倣って」
「それは……共存ではなく弱肉強食が人間の本質であると?」
「……少し違う。言うなれば相克――生き延びるために他者の命を奪えば、残った方が奪った命の分まで生きる義務を引き受けたということだ」

「な、るほど……?」
 解りそうで、今ひとつミスリアには解らない考え方だった。
 どうして共存ではだめなのか。もっと突き詰めて論じ合わねばならなそうだ。

「まぁ、今までが全部そうだったとは言わない」
 静かで無感情な声だった。
 もしや別の何かに基づいてる件もあるのだろうかと、ミスリアは気になって続きを待ったが、話はそこで打ち切られた。

「湯、沸かしてある」
 突然の話題転換に驚いて、ミスリアは瞬いた。
「――あ」
 そういえば魔物の内臓やらに汚れたままだったのだと、今更思い出した。

 ゆっくりと腰を起こして、はしごを降りた。支度を整え、寝室から踏み出す瞬間。振り返って、小さく言った。

「……最初の日に言ったとおり、本当に一生かけて償わなければきっとどうにもなりませんよ」
「余計な世話だ」
 そっけない返事。
「でも……」
 ミスリアが他に何か言える前に、遮られた。

「お前は俺の魂を『救う』ために命を拾ったのか」
「え……? ち、違います! そういうわけでは」
 勢いで即座に否定したが、胸がチクリと痛んだのは何故だろう。

「助けを求めてもいない相手に押し売りだな」
「そんな――」

「それは、偽善だ」
 氷のように冷たい声に、背筋が凍った。

「もういい。さっさとクソして体洗って寝ろ」
 言われたまま、ミスリアはそそくさと寝室をあとにした。
 廊下をパタパタと小走りに進む。

(救うため……? 自分ならできるというエゴがあって……?)
 今まで考えたことが無かっただけで、実はそうだったらどうしよう、とミスリアは気分がどんどん沈んでいった。

 そうしてまた一日が幕を閉じた。

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コメント
--無題--

魔物をぶった切った時の二人のやり取りを見てふと思い出しました。

女性と言うのは、どうも子どもを守ると言う母性本能が備わっているためか、感情に振り回され気味(特に何かを守ると言うことに対して)だそうです。対して男性は、力が強い(戦闘能力が高い)ためかそれを制御、的確に行使するために時には冷酷なまでに理性的なのです。これはある意味ジェンダー(社会的な性差)的な問題かもしれませんがね。

足りない物を補う、といった意味では、グズゥとミスリアは理想的なコンビなのかもしれませんね(・ω・*
by: sun * 2012/06/28 22:28 * [ 編集] | page top↑
--確かに--

言い合いになると、極端に感情的な女性が、たとえどんなに丁寧な理にかなった論理を示されても「自分がこう思うから絶対にこうだ」と頑固になる場面を何度も見ています(笑

脳や中身のつくりが違うからなのか、私も割と理性的なほうだと思っていたのですがそれでも男性と比べるとどうやら感情的というか感覚的であるようです。女性は「なんとなく」で判断できますが男性はたとえなんとなく思ってても「根拠」が強い方を選ぶのではないでしょうか。

まぁ、ゲズゥは勘だけで動くとか野生的な面(笑)もありますが、基本は合理的で効率的ですね。

二人にはこれからも衝突を繰り返しながらも補いあってほしいです^^*
by: 甲姫 * 2012/06/29 23:20 * [ 編集] | page top↑
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