03.g.
2011 / 12 / 31 ( Sat )
 断末魔をあげるひまも無く、魔物は半分ずつになって倒れた。

 残骸はまだ脈を打ち、いつしか尾だけでなく表面中に人面が浮かび上がっている。

「おい、」
 聖女が残骸に手を伸ばしているので止めようと声かけた。ただでさえ座り込んでいる余裕は無いだろうに。まだ、他の魔物が追ってこないとは限らない。

 めくるめく人面に触れそうで触れていない距離で手を止め、聖女は何かを小さく呟いた。
 ゲズゥには聞き覚えの無い言葉だ。知らない言語だろう。

 忽ち(たちまち)帯のような金色の輝きが聖女の指先から展開され、広がった。残骸をまるごと包む。
 これは確か「聖気」、先刻ゲズゥの怪我を治した力である。

 まさか魔物を再生させるわけでもあるまい。どういう意図でやっている?
 懸念はあるが、とりあえず手を出さないでいた。曲刀を鞘に収めて腰にさげた。

 残骸からいまや弱々しく立ち上っていた青白い炎が金色の帯と混ざり合い、銀の光に変わった。

 不可思議な現象だ。

 見ると、苦しげだった人面どもが顔を緩めている。笑顔とまではいかなくても、安堵したような、楽になったような、そんな表情になっている。

 魔物の肉体が粒子化をし始め、浮いている。朝日を浴びて霧散するときに似ているが、その時の欠片はもっと暗い色だったはず。今のような銀色ではないし、ゆっくり浮くのではなく砂のようにサラッと風にさらわれるものだ。

 やがて、残骸は残らず散らばり、重力に反して銀色の粒は文字通り天へ昇った。

 周囲から聖気がなくなっている。
 聖女は立ち上がろうとして、よろめいた。ゲズゥは半ば反射的に手を伸ばして支えた。

「ありがとう……ございます……」
 立ちくらみを起こしたらしい。それでなくとも、移動その他で体力は限界まで消耗されているだろう。

「ちゃんと、浄化しなければ魔物は……何度でも再構築、されますから……」
 それでも説明しようとしている。先ほどの行動の不可解さに自覚はあるようだ。

 浄化。異形のモノを真に消滅させる方法が、それだという。過去から今までにゲズゥはそんな場面に出くわしたことが無いのは、聖女や聖人の知り合いがいないからか。

 興味深い話だが、物事には優先順位というものがある。ゲズゥは聖女の前にしゃがんだ。

「負ぶされってことですか?」
 背後から驚いた声。

「今のお前が走れるとでも」
「……思いませんが……。あなたは、大丈夫なんですか?」
「必要ならやるだけだ」
 
 聖女を振り返れば、彼女は怪訝そうに顔をしかめている。

「でも背中を打ったのではありませんか? 顔の傷も、治します」
「後でいい」

 しばし考え込んでから、聖女はそっとゲズゥの肩に手を置いた。そのまま負ぶさる。
 背中に痛みが無い。ゲズゥは聖女の仕業だとすぐに察した。

「では移動しながら治します」
 そんなことが可能らしい。どういう条件下で発動できるのか不明だが、本当に便利な力である。

 しばらく走ったところで。
 またどこからか、魔物の鳴き声が聴こえた。

 夜盗のところにいたやつらか、はたまた別の個体か。忙しいことだ。

「……逃げても多分、撒けません。魔物は遠くからでも、『聖気』に惹かれますから。たとえ力を使わなくても、聖人・聖女であるだけで集中的に狙われます」
 聖女は静かに語った。

 本来魔物が少ない地帯に急に複数発生したのも、それなら合点がいく。
 そういう情報は早めに言え、と思ったが口には出さなかった。今更、詮無きことだ。
 魔物から逃げること自体が無理だとしても、今走って国境との距離を縮めるのはたいへん有益な選択である。

「彼らは、救われたいのです」
 またしても悲しそうな声で、少女は呟くのであった。

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