二 - f.
2017 / 03 / 08 ( Wed )
「さすがだよエラン。主役が遅れて参上するとはイイご身分だね」
 アストファン公子の冷やかしをものともせず、青年はパヴィリオンの階段を上がるなり唇を開いた。

「ヌンディーク公国第五公子、エランディーク・ユオンです。公位継承権は、三位となります」
 練習でもしていたのか、完成された口上だった。一句ずつ丁寧に発音されていて聞き取りやすく、間の取り方もほど良い。
 けれどもそれ以上に気になる点がある。

(……顔が半分しか見えないのに、なんて鮮やかな作り笑いなの)
 意外にも、仲間意識のようなものが芽生えかけた。セリカも愛想笑いばかりしていて口周りの筋肉が痛いのだからか、親近感が沸いてしまう。
「お会いできて光栄ですわ、エランディーク公子」
 こちらも自然を装った笑顔で応じる。

「何かあったのか? こうして皆が遠方から集まってきたのに、断りもなく晩餐の席に遅れるのは……感心しないな」
 第一公子ベネフォーリが眉根を寄せて、第五公子に弁明を求めた。しかしそこでも第二公子が横槍を入れた。
「見え透いた嘘こそ感心しませんね、ベネ兄上。我々が帰ってきたのは何も、可愛い弟の結婚を祝う為ではないでしょうに」

「…………」
 絨毯を囲って座る五人の公子と三人の妃を包む空気が、どんよりと重苦しくなった。
(どういうことなの?)
 結婚式の為でないのだとしたら、この人たちは何の為にムゥダ=ヴァハナに帰ってきたと言うのか。
 嫌な空気の中で平然としている者が一人、それは遅れて登場した当本人であった。

「彼女には申し訳ないことをしました」
 第五公子は優美な身のこなしで身を屈めて石の床に膝をついた。お待たせしてしまってすみません、とこちらに向かって頭を下げる。
 内心では「まったくだわ。昼間の態度についても謝りなさいよ」と毒づきながらも、セリカは控えめに微笑して会釈を返した。

(憶えてなかったりしてね)
 改めて考えてみると、今のセリカは昼間とはかなり印象が違うはずだ。化粧を施した顔で儚げな表情を浮かべているし、一番目立つ特徴である、黒に近い赤紫色の髪は完全に被り物に隠れている。
 エランディーク公子はそのまま空いている席で胡坐をかいて、気だるそうに言葉を継いだ。

「公女殿下とお会いするのもご馳走を口にするのも楽しみにしていましたよ。ただ、そうですね。兄上たちと顔を合わせずに済むならそれに越したことはないと思い、つい足が重くなってしまいました」
 一瞬セリカは耳を疑った。左斜め前の青年をまじまじと見つめるが、ちょうど布で隠れている側なのでどんな表情をしているのかがうかがえない。

(面と向かって凄いことを……)
 肝が据わっているのかただの馬鹿なのか。
 これでまた空気が重くなるのかと思えば、膝を叩いて大笑いをする者がいた。

「あははは! お前は清々しいほど協調性の無い子だね」
「アスト兄上。協調性って、あなたがそれを言いますか」
 と、ハティルが呆れたように頭を振っている。
 見かねたベネフォーリ公子が青ざめた顔で額を押さえた。

「公女殿下……弟たちが何度も失礼を……至らぬ点が多くて、申し訳ありません」
「いいえ。皆さま、とても溌剌としていて微笑ましいですわ。いずれはわたくしもこの輪に加われるのかと思うと胸が躍ります」
 むしろ変にかしこまられるよりは、多少失礼な方が人間味を感じる。だからと言って、自分が輪に加わっても同じように振る舞えないのが暗黙のルールだが。

「そう仰っていただけると救われます」
 裏の無さそうな笑顔でベネ公子が応じた。やはりまともに話ができるのはこの人だけだ。
 彼の勧めでアダレム公子が食前の祈祷を唱える。そうして正式に食事会を開始し、いつの間にか庭に集まっていた楽師が演奏で場を華やがせた。

 ここでは食器を使わず、手で食べるらしい。掴みにくそうなものはパンで包んで口に運んだ。
 お口に合いますかと第一公子が問えば、美味しいですわとセリカが答える。刺激的な味や香りは慣れないが、基本的に料理は美味だった。

(これからずっとこういうのを食べるんだから、早目に慣れないとね)
 スプーンがあればいいのにと思うが、わざわざ使用人に持って来させようものなら、自尊心に関わる。
「時に姫殿下。君は、気になってるんじゃないかい」
 余計なことしか言わない男としてすっかりセリカの中でイメージが定着しつつある第二公子が、ふいに話しかけてきた。

「はい?」
「エランは諸事情により、いつも顔の右半分を覆っていなければならないのだよ」
 アストファンが楽しそうに告げる。
 セリカの薄笑いが引きつった。

(そりゃあ気になってるわよ。でもその言い方は無神経じゃないの)
 本人が話題にするならともかく。いくら家族でも、この切り出し方は大いに問題があるだろう。
 座席の位置関係により、当のエランディーク公子がどんな反応を示しているのかが知れない。反論するわけでもなく、彼はもしゃもしゃと咀嚼音だけを発している。

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