65.b.
2016 / 12 / 17 ( Sat )
 異形のモノが、嘲笑うかのように首を素早く後ろに傾けた。ほどなくして頭の中に届いた「言葉」を通し、実際に嘲られていたのだと知る。
『穢れし愚か者が……ようやっと会えたかと思えば、いきなり笑わせるでない』
 一言ずつ受け取る度に。脳が揺さぶられ、心臓が打たれるような「声」だった。その場に踏ん張るので精一杯で、言葉の応酬に参加できない。
『我に刃を向けるか』

 巨躯がいくらか地に近付いた。奴が三組の翼を軽く羽ばたかせると、周囲に粉雪が舞い上がる。
 条件反射で両目を瞬かせた。その隙にかなりの接近を許してしまい、次に目を開けた時には、隔てる距離は腕の長さほども無かった。

『不毛と知りながらも神々の意思を邪魔立てするとは、面白い、実に面白い生き様よ』
 ゲズゥの身長と同等の大きさの頭が目の前にあった。魔物の類には感じたことのない、得体の知れなさを覚える。
 ――それにしても、愚か者だのようやっと会えただの、まるでこの異形はこちらのことを以前から認識していたとも受け取れるのは、どういうことだろうか。

『只人の身で我に挑む汝(なんじ)は、愚か者であろう』
 ――タダビト?
『いかに戦闘種族やら呪いの眼の一族やらと呼ばれようとも、ヒトはヒトでしかない。我にその剣(つるぎ)は届かぬ。汝を捨て置き、飛行するのは容易い……が、それではあまりに味気ない』
 途端に異形のモノが喋るのを止めた。短い四本の足を大地につけ、翼を休める様子を見せている。

『聞こう。囀(さえず)るが良い』
 それからしばらくの間、奴は大人しくし続けた。もしも口があったなら欠伸でもするのではないかと疑うほど、のんびりとした空気が流れている。
 短く逡巡した。これは好機か――否、まだ斬り付けるには早い。

「お前は……こうして蘇った。なら、糧となった聖人聖女は――用済み、のはずだ」
 かえせ、と声を低くして繰り返す。
 ――グオン。
 突然の轟音に、片手で耳を塞いだ。異形が反り返った勢いで突風が巻き起こったのだ。

『正解! 正解であるぞ、愚か者。意図せずとも、仕組みを言い当てた褒美に、教えるとしよう』
 明らかに笑っている。またしても、笑われている。
『我は一定量の聖気をもって、眠りから覚める。ひとたび覚めてしまえば、蓄えた聖気が底尽きるまでは活動していられる。つまり聖女を返せという汝の要求に、何ら問題がない』

「それって……一定量を越えて活動を始めた以上、内包してる聖気が一部ごっそり減っても役割を果たす上では問題ないってこと」
 背後から、これまでの展開を静観していたリーデンが問いかけた。
『いかにも』
「だったら、」
 期待が膨らみかける――

『問題は無いが、術も無い』
 膨らみかけた期待が、儚く弾けた。
『我に取り込まれる命……その肉体と魂は、個の境界を紐解かれる。二度と、ヒトに戻りはしない』

 世界から音が消えた。
 間に合わなかった、と奴は言っているのか。
 違う。勿体ぶっているだけだ。
 ――できるのにやらないだけだ!

 気が付けば、鉄が水晶と衝突していた。

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