63.a.
2016 / 10 / 04 ( Tue )
 限界までに研ぎ澄まされた精神に、喧騒など届かない。
 戦闘に特化した種族と言われていながらも、自分たちが研いできた最大の武器は生身の身体能力に非ず。ほかならぬ「集中力」こそが、他人を出し抜ける強みである、と。

 少なくともリーデン・ユラス・クレインカティはそのように考えていた。
 ゆえに――同じくそれを極めた他者には、純粋な感嘆を抱いてしまう。
 視界の中を舞うように動き回る中肉中背の男は、防寒着の妨げなどまるで感じさせない軽やかな動きを見せる。

 同等以上の素早さのみならリーデンにだって出せる。
 男の身のこなしには、捉えがたいリズム感があった。そしてそれが己ではなく敵方の「呼吸」を逆手に取ったものだと、後方から観察している内に気付く。
 誰しも決定的な行動をする直前に、無意識に呼吸を変えてしまうものだ。微細な変化を拾える聴覚、それに従って迷わずに飛び出せる思い切りの良さ。

 フォルトへ・ブリュガンドは自身が戦闘種族の血筋ではないと言い張った。ならばこの対応力と剣さばきは、あくまで後天的に身に付けたものだということになる。
 狭い通路で待ち構える敵影は七つ。

 三日月刀が閃き――
 右に立っていた二人の前を通り過ぎた頃には、二人とも首から血飛沫を散らしながら倒れ。
 左側から切りつけてきた一人と刃交えるのかと思えば、その横をすり抜けて、アバラの間を貫いた。
 更に通路を突き進む道途、左右から飛び出て来た二人に前後を挟み撃ちにされそうになるも、一回転。綺麗な血の色の円を、水平に描いていた。

 ひゅう、とつい口笛を鳴らした。
 残る敵がフォルトへの背後を取ろうとしている。そんな彼らの顔面に、リーデンは当然のように鉄の輪を沈めた。
 通路はこれでひとまず安全だ。敵の断末魔やら呻き声やらを楽々と踏み越え、フォルトへの横に並ぶ。

「見直したよ。お姉さんが君を高く評価するのも頷ける。この調子だと、僕は別に要らなかったんじゃない?」
「いいえ、そんなことないですよ~」
 フォルトへは、照れ臭そうに笑って前髪を弄った。本来木炭の色であるはずの巻き毛に、固まりかけた血がくっついている。それは敵の人間の血であり、魔物の体液でもあった。

「それはそうと、こっちでいいんだね」
「はいー。通路の先から、あの女性にまとわりついてたのと同じ、ユリの花の香りがします」
「オッケー」
 駆け出した。

(今度こそ本人が居るといいんだけど……)
 状況は切迫している。魔物を信仰する集団の拠点まで辿り着くまでに、相当に時間がかかったのだった。
 そこからがまた厄介である。
 下手に大事にすれば敵がこちらの意図に気付いて、先にミスリアを殺すなり隠すなりしてしまうかもしれない。戦い方の性質上、派手に立ち回りそうなゲズゥとユシュハを外で待機させ、リーデンたち二人が潜り込む運びとなったのだった。

 攫われたミスリアの居場所を迅速に特定するには敵の頭を押さえるのが最短の道――そう考えて、現在はフォルトへの嗅覚を頼っている。と言っても既に一度空振っていた。ドライフラワーにされたユリ科の花が大量に蓄えられた、怪しげな区画に迷い込んだのである。
 ついでに言うと、拠点内で何か別の騒ぎが起きたばかりなのか、人々の注意は全体的に散漫としていて落ち着きが無かった。侵入者への対応が遅れている理由はきっとそこにあるのだろう。

(この先にあのクソ女が居てくれなきゃ、困る)
 突き当たりに僅かな光が射している。最も奥の部屋から漏れているようだ――
 急停止した。
 リーデンは三度跳んで後退する。
 部屋の出入口から飛び出た気配のひとつが肉薄した。得物は細身の剣だ。影により相手の顔は依然見えないままだが、構え方から推察する。

(きっと剣筋が実直なんだろーね)
 推測通り、まずは心臓狙いのわかりやすい突きが繰り出された。
 左腕で敵方の剣先を遮り、防寒着の袖を切らせる。切るよりも突く働きを追求した軽い剣が、分厚いコートに思い切り引っかかった。剣士の意識がそちらを向いた刹那、リーデンは右腕の仕込み刀を解放する。
 殴ると見せかけて、相手の下腹部を刺した。

 襲撃者を倒して晴れて手持無沙汰となったので、連れの方に気を配ることにする。そちらに向かった敵は見えない何かに足をさらわれ、もつれさせている。相手を転ばせて隙を誘ったのか。幼稚に思われがちな戦法だが、効果が絶大であるのは確かだ。
(鉄線かな)
 線に転ばされて絡め取られるまでが一秒。可笑しな姿勢で腕を挙げさせられたその男は、恨みの文言を吐く間もなく三日月刀に命を奪われる。

「なんたら城(じょう)で僕らとコトを構えた時はそんなの使ってなかったよね」
 鉄線を掌の上のカラクリに巻き戻しているフォルトへに、小声で話しかけた。
「一般人がいましたから~。巻き添え食らわせたらいけないでしょう」
「ふうん」
 話はそれきりにした。気構えを改め、部屋の中に踏み入った。

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