62.f.
2016 / 09 / 20 ( Tue )
 そうは言ったものの、ユシュハの変わらぬ冷静さは救いだった。決して手順を間違えたりしないだろうという安心感がある。癪だが――自分ではこの場を仕切るのは無理だったし、パニックでまともな判断ができなかったはずだ。
 差し込まれたプローブが何かに当たるまでに、あまり時間はかからなかった。呪いの眼から得られた位置情報は、誤差はあれど当てになる。

「三フィート(1メートル未満)前後か。雪も固まって重くなってきたし、骨が折れそうだ」プローブに記された目盛りを確かめて、女は嘆息した。「銀髪、横に並んで同時に雪をどかすぞ」
「同時?」
「ああ、このように」
 プローブを刺した場所から数歩丘を下り、フォルトへの持つ松明の明かりの元、女は立つべき位置を示した。
 下流から、実際に埋まっている深度の倍近くの深さの雪を動かすとのことだった。

「腰への負担を減らす為に、膝立ちで始める。こうして長方体のブロック型に切ってから横にどかすと楽だ」
「わかった」
 ――俄かにそれは始まる。

 女が言った通り、フォルトへを掘り出した時よりも遥かに作業が大変だった。雪を横に放る度、顔に吹きかかる冷たい粉が煩わしい。
 それでなくとも空から次々と新たな雪が降りかかっているのだ。こんな地に住まう遊牧民の気が知れない。

「おい、手袋を脱ぐな、指が壊死するぞ」
 堀りながらもこちらの様子を視野の端から窺っていたのか、注意された。
「……そうは言うけどねぇ。動かし辛くて」
「我慢しろ」
 一蹴された。リーデンは舌打ちの後、言われるがままに従う。
 そんな時だった。背後から明かりを照らし続けていたフォルトへが「あの~」と声を出した。

「九時の方向から魔物の臭いがしますー。小物みたいですけど……自分が雪かき誰かと代わるんで、退治お願いしてもいいですか~?」
「私が代わろう。松明、借りるぞ」
 ふっと暗くなり、隣に立つ者が豪腕の女から中肉中背の男になった。
 ニット帽を雪の海に失くしてきたのか、男はフードを被っただけの姿となって、寒そうにガチガチと歯を鳴らしている。

(寒がりなのに極北までついてくるなんて、仕事熱心だなぁ)
 ざく、ざく、と雪をかく。既に立ち上がって作業できるほどに穴が広がっている。
(鼻水ずっと流してるのに、僕らよりも嗅覚いいのってほんと面白いよね)
 雑念は抑えようとしても溢れ出るのを止めない。
(聖女さんは、無傷だといいな。一分過ぎるほどに、不安が増すばかりだ)
 そしてその想いはやはりゲズゥにも共通している。鉛が気管に引っかかっているかのような苦しさが、自分から生まれたものではなく、同調から感じられる。

 ――ゴッ。
 衝撃に伴い、思考回路が切断された。 
 前方から雪が噴き出したのである。勢いで後ろに飛ばされたフォルトへが、わっと声を挙げた。
 リーデンは、白から湧き出た黒いモノに向かって話しかける。

「……お帰り、って言うべきなのかな。さっき気を失ってたみたいだけど、怪我してない?」
「軽い脳震盪」
 答えた声は、とんでもなく不機嫌そうだった。

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