57.a.
2016 / 05 / 17 ( Tue ) 夢を見ていた――分類するならば極めて悲惨、世界の四隅(よすみ)から叫声が響き渡ってくる悪夢であった。 最も悲惨なのは、この場面が現実にあったのだと、思い出してしまったことだ。記憶の奥深いところでいつまでもその自覚が眠っていてくれたならよかった。呼び覚まされた以上は、骨髄から湧き出た蛆に内から食い破られるような気分だ。 一体いつまで、絶叫は続くのだろう。 そこには自身の悲鳴も入っており、そして大切な者たちのそれも交じっていた。 苦痛は何重にもなってこの身を襲う。同時に一人、また二人、絶叫が水っぽい喘鳴に替わり、重々しい咳となるのを聞き届けることとなった。 命乞いをする。無駄だとわかっていても、助けを乞う。 聴覚に返る、自分の声に激しい失望を覚えた。何故、耐え抜いて潔く死ねなかったのか。 飽きるほど繰り返し味わってきた拷問。その都度、こみ上げる異物感や絶望に慣れるわけでもなし、夢は夢らしくあらゆる原理を撥ね退けて、苦しみばかりを延々強要する。 ただ肉体と意識が再び結び付く頃には必ず、きれいさっぱりこの場面を忘れ去っているのが救いだった。 ――きっと今度は、忘れない。 予感がした。覚めたくない。この夢に留まりたくもない。情けなく泣き喚きながら全てを拒絶する。 間もなく最後の一人になってしまいそうで。彼女の為にも、命乞いする。 どこからか黄金色に煌く雨が降り注ぎ、悪夢は突然、霧散した。 まっさらな世界には永劫の孤独が残る。ああそうだ、仲間たちには二度と顔向けできそうにない。 やはり、絶望した。 _______ 追憶の旅の終着点が近いと、瞬時にそう悟った。 ここ数年――五、六年くらいか――の中で、かつてないほどに頭が冴え渡っていた。こうもクリアな寝覚めは、何かの予兆に違いない。 恐れていたモノに立ち向かう勇気が、血流と一緒になって循環している気がした。 「……この大雨なら猛獣も棲家から出て来ないだろうし、町民の松明も消されて、追跡が難しくなりそうだね」 「不幸中の幸いです」 「あ、やば。前の方、枝分かれしてるね。どうしようか」 「聖地の気配が瘴気に隠されているみたいで、よくわかりません……」 近くの話し声にエザレイは黙って耳を傾けた。暗い景色が流れる速さから察するに、移動している。馬の早足(トロット)程度だ。 それ以上の状況確認をするよりも先に、彼はあることに気付いた。 (……――あれは) 探し求めて身をよじる。 積み荷が如く、馬の背に縛り付けられていることをついでに知るが、どうでもよかった。 (どこだ) 手首に食い込む圧力をもどかしく感じ、そこに目を凝らしてみる。複雑な結び目で、両手が馬の首を抱くようにして縛されていた。 「ふーん、目が覚めたの」 隣の青年が一切の優しさを伴わぬ声で問いかけてくる。 「リボンは。どこ行った」 せっかく冴えた頭が、撹拌されたようにかき乱される。吐きそうだ。果たして吐き出せるようなものが体内に残っているのかは不明だが。 青年は答えずに、行路にばかり注意している。代わりに、逆側から遠慮がちな声が言う。 「すみません。私が預かってます」 縛り付けられている状態で馬上で寝返りを打つのは困難だったが、エザレイは軋む身体に鞭を打った。 少女が差し出す小さな手の中に、確かに灰色の見慣れたそれが握られていた。 「……そうか。ならいい」 安堵のため息が鼻先で白い湯気を立てる。気が抜けたら、ますます衝動が大きくなってきた。 「ちょっ、止め……吐き――」 「うん? 吐きそうだから止まれって? 前から思ってたけど、オニーサンって胃が弱いよね。そんなんじゃ長生きできないよ」 そもそもこの体勢でずっと馬に揺らされて平気な方がどうかしている。と、言い返す余力は無い。 嫌味っぽい言い草はともかくして、一行は確かに止まってくれたし、縄も解いてくれた。 「なんとでも、言え……。あと、そこの枝分かれは、右、だ」 とりあえずそこまで伝えられたが、逆流が始まったので詳しい説明は数分待たせることとなった。 |
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