54.f.
2016 / 03 / 23 ( Wed )
 だが言っているそばからもう遅かった。
 ちょうど雲が去って、星明かりがより鮮明に地に降り注いだ瞬間。
 後ろに控えていたはずの小さな聖女が、忽然と消えたことに気付く。静電気のように、肌に弾ける焦燥感。

 探した。ミスリアは夜目には見つけづらい深紫色の外套を身に着けていたが、あの色白い肌なら――
 横から飛び掛ってきた少年を視界から払う。
 突然の強風が吹き荒む。

 少し離れた先に、連中のリーダー格の青年が居る。青年は正面の影を見下ろすように首を傾けていた。
 見下ろしているのは人影である。風に弄ばれている波打つ髪の向こうに、細い首が覗く。目を凝らさずともそれが目当ての人だとわかった。
 いつの間に敵に接近したのか。ゲズゥは冷や汗が額に浮かぶのを感じた。

「どうしてあんなことをしたんですか!」
 ミスリアは唾も飛びかかりそうな勢いで青年に食ってかかった。小さな身体にここまでの怒声を吐き出す力があったのか、と思わず驚いたほどに。
「あんなこと?」
 返事はあくまで落ち着いている。

「地下に追い込んだ罪人のことです!」
「あれですか。どうしてと訊かれましても」
 青年は嘲笑した。そして三人の仲間たちを見やる。
「どうしてっつったらなーあ」
 リーデンと斬り結んでいた少年が代わりに言った。

「楽しいから」
「に、決まってっだろ! 他に理由なんているかよ」
「テメェらだって、人殴ンのは好きだろ? 他人を踏みにじる優越感がイイんだよ。痛みつけた分だけ叫び声が大きくなったりしてさ」
 三人が口々に答えた後、僅かな時間、場に沈黙が落ちた。

 同意を求められても感じ入るものは何も無い。ゲズゥはただ煩い蝿を叩き落す要領で無言で剣を繰った。少女が巨大な鉤(かぎ)状の刃物を振り回してくるので、不規則な攻撃に対応するのは困難になりつつあった。

 ――優越感? 殴るのが好き?
 などとは、欠片も思わない。暴力は手段であり、必要ならば振るう、その程度にしか捉えていない。
 四人組の言葉にはこれといって興味が無かった。弟は同意見ではないようだが、それでも本心を表に出すことなく淡々と凶器を投げ続けている。

「そんな、理由で、彼らは苦しまなければならなかったんですか。目的すら持たない拷問にかけられて、誰も知らない場所で死ななければならなかったんですか」
「何故感情移入をするのかわかりませんね。所詮は罪人。社会が既に『要らない』と切り捨てた部分です。殺しておくことに感謝こそされても、恨まれる筋合いは無いはずです。まさかあなたは、罪人にも人権があるのだと言いたいのですか」

 ミスリアの詰問に、青年は不愉快そうに答えた。どこか雲行きを怪しく感じる。
 かと言って割って入るには、他三人の妨害が激しくて距離が一向に縮まらない。
「あります。当たり前です!」
「ありませんよ」
「貴方たちだって人殺しという罪を犯したではないですか!」
「違いますよ。我々は、社会に『許された』人殺しをした。その為に組織に入ったんですからね」

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