54.g.
2016 / 03 / 25 ( Fri ) 「ゆる……された、人殺し……!?」
「私は自分がいつから『こう』だったのかは憶えていません。私は同志を求めた。次には、合法的にコレを楽しめる居場所を探し――そしてみつけた」 青年は薄気味悪い笑い声をくつくつと喉から上げる。奴の仲間たちも同じように楽しそうだ。 「世界中の役人や処刑執行者だってきっと私と同じ心持ちです。殺しても構わない者を、率先して殺せることに、悦びを得ているでしょう」 真面目な役人が聞いたら憤慨しそうな断言を、奴はサラッとする。ミスリアは耳の中に毒を入れまいとするように、激しく頭を横に振った。 「違います。構わないなんて……社会は彼らを切り捨てたりは――罪を犯した過去は、必ずしも同様の将来に繋がりません」 「元死刑囚を連れ歩いていながら、よくそんなことが言えますね。一度は『要らない』と判じられた人間が存在する証ですよ」 なるほど自分がミスリアにくっついて回る現状をそういう象徴と解釈することもできるのか、と他人事のようにゲズゥは納得した。 勿論、聖女ミスリア・ノイラートの解釈はその真逆であろうが。双方の論は行き違うばかりである。 「全ての人間には等しく――やり直す機会が、与えられて然るべきです!」 「そう思わない民の方が過半数ではないですか? 貴女のしたことを耳に挟んで、喜んだよりも悲しんだ人が、憤った人が、或いは嘲笑った人の方が多かったはず」 「多数・少数の問題ではありません。人道の話です」 「大多数の人間が受け入れていない人道など、説く意味があるでしょうか」 「意味はあると、私は信じてます。他の誰が何と言おうと、私は最後まで彼らを信じます」 ――空気が変わった。変えたのは、いや変わったのは、ミスリアの心情か。 ほんの瞬きの間、ゲズゥの動きが止まった。それが生死を決定する過ちになりうるとわかっていても、そうせずにはいられなかった。小さな聖女の言葉は、己に酔ったつまらぬ連中と違って、素直に感じ入るものがあった。 「結構な美談ですが、だからと言って我々は行為を止(や)めるつもりはありません。ここであなたがたを潰しておけば、誰にも知られず、糾弾されることもない!」 「がっ」 小さな喘鳴。 青年がミスリアの首を片手で絞めあげたのだ。 しかし銀の輪がその手めがけて空を切るのも目に入ったので、ひとまずゲズゥは意識を別方向に向ける。すぐ近くに二人の人影が、リーデンの方には一人まとわりついている。確実に振り払うのが先決だ。 そうして敵の一人が繰り出した蹴りを、剣の腹で往(い)なした。続けざまに斬り付けてきた斧もかろうじて避けるが、頬を掠ったのか、鋭い痛みが走った。 「ありがとう。他の誰が何と言っても、僕と兄さんだけは最後まで君に寄り添うよ」 さく、さく、とチャクラムが的に繋がる音が数度に渡る。今度は青年が呻き声をあげるのが聴こえた。 「だから安心して」 リーデンはくるりと身を翻し、目前の敵の脇下を仕込み刀で斬った。血の臭いが散る。 「…………ああ。潰されるのは、こいつらだ」 これはミスリア本人に向けた言葉であり、もはや連中の存在は居ないものと扱う。 だがまだだ。ゲズゥは剣を逆手に持ち直した。まだ、突破口は無い。 深手を負わされた青年は逆上し、剣を抜いた。このままでは―― 「迷惑なクソガキどもだな」 ふいに馴染みの無い男の声が、急速に近付いてきた。その者から漂う魔物臭は組織の四人組を越える濃さである。まるで実物のようだが、気配や地を踏む足音には「混じり物」に感じたような違和感はなく、人間そのものに思えた。 「破壊願望を持て余してんなら枕に砂利でも詰めて殴ってろ。優越感を味わいたいなら、他にいくらでもやりようがある」 奴からも飛び道具が発せられた。しかもリーデンの扱う戦輪よりはずっと質量を伴っている。 それが転機だった。 |
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