54.b.
2016 / 03 / 17 ( Thu )
「ありがとうございます」枢機卿に手を引かれて、ミスリアが立ち上がる。「猊下、年若い四人組を見ませんでしたか?」
 ミスリアは例の奴らが逃げた事情と、その外見をかいつまんで伝えた。話を聞いた枢機卿は屋根上の護衛に合図をする。護衛は何かの合図を返した。

「……いいえ、私も彼らも他の人影を見ていません。こちらの方向には来なかったのでしょう」
「そうですか……。別の出口から逃げたのですし、これでは捜すのは難しいですね」
「ご心配なく。後日じっくりと組織に問い詰めることにします。元々あちらの代表との定例会の為にこの国を訪れたのですから」
 枢機卿は無機質に言って歩き出した。その二歩後ろにミスリアが付き、ゲズゥは更に数歩後ろに続く。周囲への警戒を怠らずに、大剣だけを収めた。

「ではその行程で立ち寄ったのですね」
「まさにそうです。先ほどのご婦人は宿泊先の管理人でして、近頃この付近から凄まじい鳴き声が聴こえるのだと、相談を受けました。どうやらあなた方に先を越されたようですね」
「す、すみません」
「何を謝るのです、幼き聖女」
 初めて、厳かそうな枢機卿の声に楽しそうな響きが含まれた。

「そういえば以前から思っていたのですが、レティカも大概でしたけれど、貴女も特殊な筋から護衛を見つけたものですね」
 そう指摘した枢機卿の視線は次の曲がり角に集中していた。夜着に外套を羽織っただけの姿でリーデンが手を振っている。昼間に比べれば装飾品は圧倒的に少ないが、暗がりにも目立つ愚弟だ。

「……そうですね。でもその分、人生経験の違いが互いを補い合えるものだと信じています」
「その考え方を認めたからこそ、教皇猊下は貴女の選択を肯定したのでしょうな」
「そうであれば、嬉しいです」
 ミスリアは照れ臭そうに頬に触れた。

 宿まで送ると言った枢機卿は、結局建物の中まで入ってきた。受付の前に誰もいないことをサッと確認してから、立ち話を始める。

「あなた方は何故ここに? 聖地への移動ですか」
「いいえ、実は――」
 出し惜しみせずに、ミスリアは事情をあらいざらい語る。教団に保管されている報告書の話題になったところで、枢機卿は片手を挙げて口を挟んだ。

「手続きを急ぐように、取り次ぎましょうか」
「そんな、お手数をおかけするわけには」
 ぶんぶんと頭を振ってミスリアは枢機卿の申し出を遠慮した。

「レティカに良くしていただいたのですから、当然です」
「聖女レティカ……私は、何も……」
 少女の表情に翳りが走る。
 その様子に、ピンと来るものがあった。無力な己を嘆いていた時の――そう、イマリナ=タユスでの魔物退治の件だ。青銅色の髪の聖女と、一見ちぐはぐでも能力の相性が良かった二人の護衛。この男は、あの聖女の縁者だったのか――。

「あの娘に真に必要だったのは、対等に接することのできる同志だったのでしょう。聖人・聖女が背負う責務、そして護衛たちの命の重さ。それを誰かに肩代わりしてもらうことはできない。ただ、分かち合うことはできましょう」
「…………」
 言葉に詰まったように、ミスリアは茶色の双眸を潤ませて枢機卿を見上げる。

「ただでさえ、聖人・聖女課程まで修了できる者は数少ない。あれはきっと、教団でも同期の中で浮いていたことでしょう」
「大切に想っていらっしゃるんですね」
 そう言ったミスリアの表情は、慈愛の中に羨望の欠片を潜ませていた。おそらく枢機卿は気付いていない。

「兄の孫です。昔は膝にのせて可愛がってやったものです。しかし成長してしまえば周りの期待も大きく、以前のようには接してやれない」
 できればこれからもよろしく頼みます、と言って男は頭を下げた。ミスリアはぎょっとなって「私でよければ!」と頭を下げ返す。

「しつもーん」
 シリアス一辺倒であった雰囲気を、リーデンの明るい声が壊した。

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