51.e.
2015 / 12 / 25 ( Fri )
 脱力して青年は道端に座り込んだ。
「それはそうと、どうして逃げたんですか?」
「……逆に訊くが、どうしてあれで『お金に困ってる人を助ける』って考えに至るのか教えてくれ」
「困っている人に手を差し伸べるのは当然のことかと」
 相変わらず田舎娘の思考はあさっての方向に向かっている。呆れからか、青年は大げさに手を振り回した。

「じゃあ何か? あんたは相手が困ってさえいればなんでもあげるのか? 家族でも知り合いでもない奴を、助ける義理は無いってんのに」
「ダメですか?」
 少女が膝上に腕を組んで、正面にしゃがみ込む。首から胸辺りの肌が近付いてくるが、残念ながら布面積の多い服によって肝心なところは隠れている。服の下にネックレスでもつけているのか、銀色のチェーンだけが目に入った。

「ダメだ。いいか、そういう過度に慈善的な考えが人を怠慢に追い込むんだ」
「たいまん……?」
 本気でわからなそうにしている少女に、青年はずいと顔を近付け、暑苦しくまくし立てた。
「そいつはあんたの為に何をしてくれる? 靴を磨くとか荷物を持つとかなんでもいい。何か雑用をやってやるから一食恵んでくれって言ったんならいい。こっちから一回くらいは催促してもいい。でも、自分から言い出せない奴は、いずれにせよクズになるんだ」

 少女は真剣な表情を動かさぬまま、聞き入っている。酒臭い息がかかっているだろうに、嫌な顔ひとつしていない。

「ましてや悪事に走る奴だ。それは、何もしてやらないけど何かくれって言う奴よりもっとずっと悪質だ。あんた今、売り飛ばされそうになってたんだぞ。危機感なさすぎだろ」
「――すごい! 目から鱗が剥がれ落ちた気がします。貴方は社会についてよく考えているんですね。私の思慮が足りませんでした。深く反省します」

「そこまで素直だと逆に気持ち悪いな……って、危機感については何も思うとこ無いんかよ」
 文句を垂らしながらも青年は諦めていた。何せ少女はもう話を聞いていない。両手を合わせ、その視線はどことなく宙を彷徨っていた。
 ここまで噛み合わない会話をしたことがかつてあっただろうか。青年はまたしてもため息をついて、のろのろと立ち上がった。

「大体なんでここに居たんだよ。まさかまた迷ったんじゃねーだろな」
「ええと、それは非常に申し上げにくいのですが」
 所在なさげに俯きながら少女も立ち上がる。
「…………迷ったんだな。まあ逃げている内にさっきよりは近づけたとは思うぜ。ほら、こっからでも見えるだろ。まだちょっと遠いが、あの丘の上のでっかい建物だ」

 青年は目当てのものを指差した。
 この町の魔物狩り師連合拠点は夜になると物見の塔の灯りを一晩中点ける。水路を渡る船にとっての灯台とは少し違うが、助けを必要とする人々が速やかにそこまで辿り付けるように。
 ゆえに、初見でも見間違いはありえないほどにわかりやすい。

「あれがそうなんですね」
 感心したように少女は言う。おう、と青年は答えた。
「わかりました、重ね重ねありがとうございます。親切な方。お礼はするなとのことでしたよね」
 ぺこりと頭を下げて少女はその場を去ろうとする。夜も更けてきたことだし、急ぎたいのだろう。
 が、青年はその細い肩をガッシリと掴んで引き止めた。

「待て待て。なにまた路地裏通ろうとしてんだ」
「だってこの方向でしょう?」
「だからって一直線に進めばいいってモンじゃねえ。治安考えて道を選べよ。つくづく、よくファイヌィ列島からこんな遠くまで来れたな」
 大抵の町というものには夜は絶対通ってはいけない路があって、特に丸腰の若い女が一人となると、どこを通ろうと危険は倍増する。目の前のこの少女がこの現実を理解できていないのは最早疑う余地も無かった。

「私、列島出身ではありますけど、此度の出発地点は別ですよ。ヒューラカナンテから南下してきたんです」
「ヒューラカナンテ、ってどこだ」
「非法人地域で無国籍地帯らしいです。ご存じありませんか」
 言われてみれば聞いたことがあるような地名だ。青年は懸命に記憶を探り、何も思い当たることなく終わった。

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