51.d.
2015 / 12 / 23 ( Wed )
 思わず足踏みした。
 人間とはどうしようもない生き物である。見ず知らずの他人が襲われていようが全力で無視できても、それが顔見知りとなった途端、放って置けなくなるのだから。
 青年は思いきり舌打ちした。ここで見捨てたら、寝覚めが悪くなる。

(くっそ、なんでまだこの辺に居るんだ! 田舎娘が)
 怒りと呆れで一気に酔いが醒めた。
 だが、どうするべきかを未だに決めかねる。

「ではお渡しします」
「それで手持ち全部かい? お嬢ちゃん惜しみないねぇ、いいねえ」
「私はまた稼げばいいので大丈夫です。どうぞ」
「そーかい、じゃあいっそのことおいらたちのもとで稼いでもらおうじゃねえかい」
「それはできません、すみません。私にはこれから向かうべき場所が――」

 その先を待たずに青年は駆け出した。
 少女を取り囲む大きな人影が三つ、目に入る。その内の一つが猿ぐつわのような布を両手に持ち、腕を上げている――
 他の二つの人影が、駆け寄る青年に気付いて振り向く――

 それらを無視し、彼は少女に一番近い者に足払いをかけた。
 不意打ちが決まり、男は派手に転倒する。

「なんだてめえ!」
 面白味の無い文句と、重そうな拳。それらが右隣から飛び出した直後、青年はカウンターパンチを相手の頬骨に決めた。
 残る一人は、攻撃態勢に移る動作を見せている。
 構えの軸が左脚であろうことを見抜き、青年は敵のスタンスが完成するより先に膝の内側を蹴り崩した。

(よっしゃ、チャンス)
 少女の腕を引っ掴んで、逃げに入る。
 一分としない内に路地裏から逃げ出せた。運の良いことに少女は一度も転ばなかった。
 だがその時点で二人とも息が上がっている。

「いたっ――」
 少女から漏れた小さな声で青年はハッとなった。
「悪い。一刻を争う事態だったから」
 手を放しつつ、条件反射で謝る。
(って、何で言い訳みたいになってんだ。そりゃー勝手に引っ張ったのは悪かったけど、助けたんだからいーだろ)
 自分はこんなに下手に出る奴だったか、と首を捻る。

「よく、わかりませんけど……貴方は足が速いのですね」
 何故だか予想だにしていなかった感想が返った。
「……第一声それか。言っとくけど、俺は体調万全だったならもっと逃げ足速いぜ」
「あれ以上に速くなるんですか? すごいですね」

「他人事みたいに感心してんじゃねーよ。ま、あんな三人、万全だったら逃げずに余裕で片付けられる自信だってある」
 変な矜持が発動し、青年はべらべらと強気に語った。
(いやほんとに何言ってんだ俺は)
 未だに抜け切らない酒の悪影響だろうか。青年は我に返り、自らの発言に気色悪さすら覚えた。

「片付ける? とは?」
「……まさか。危ないとこだったって自覚すら無いのか。あんたの脳内お花畑はさぞや立派なんだろうな」
「花畑? 冬に花はあまり咲きませんよ」
 真剣に考え込んでいるような顔をして少女が返答する。
 ――ここに表れているのは果たして、人を拍子抜けさせる才能か――髪をかき乱しながら、青年はため息をついた。

「よし。あんたに皮肉が一切通じないんだってのはよーくわかった」

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