51.b.
2015 / 12 / 15 ( Tue ) (居座る気かよ)
図々しい奴だ、と思いながらもまた食卓に突っ伏した。 (無視だ無視) 他人の動向よりも気にすべきは明日からの自らの生計だ。青年は貯金の残高を脳内で計算し、何日までなら食い繋げられるか思索した。移動中は野宿すれば更に節約できる。 「今日の一押しはバッファロー肉のポットローストと鹿肉のシチューね。どんな味がするのかしら」 少女がブツブツと呟いているのが耳に入る。両方ともこの地域では定番メニューだが、どうやら彼女は食べたことが無いらしい。 「どっちも気になるけど、合わなかったらどうしよう……」 聴こえてくる独り言が気になって、青年は自分の物思いに専念できなくなった。 性分だろうか、口を出さずにはいられない。青年は顔を僅かに上げて問う。 「あんた鹿もバッファローも食べたことないのか」 「残念ながらありません。貴方ならどちらにしますか?」 少女は嬉々として言葉を返した。独り言に始まったものが会話に発展したのが嬉しいようだ。相席を押し切ったことといい、彼女はもしかしたら一人で食事するのが寂しいのかもしれない。青年にとっては久しく忘れていた感情だ。 「クセが強いのは平気か」 「たぶん問題ありません。でも食べ辛いのは苦手ですね」 「ここの鹿肉シチューはスジ多めだ。そういうのが嫌ならポットローストだな。とろける食感で旨いぜ」 「そうなんですか! 助言ありがとうございます。ではバッファローのポットローストにします」 後半の言葉は給仕係の人に向けて言い放たれた。ちなみにやり取りからして、飲み物はジュースの類にしたらしい。 「お酒あまり飲めないんですよ、私」 給仕係が去った後、少女が勝手に補足した。 「酒場に来ておいてそりゃあ変だな。ここの麦酒は格別だってんのに」 「道に迷っている内に小腹が空いてきたので……食事が出るならどこでも良かったと言いましょうか」 「道……?」 街で一番人気のこの酒場も地域名産の肉も知らない、どこか浮いた雰囲気の少女に――青年は訊ねた。 「あんた旅のモンか。どこ行こうとしてたんだ」 青年は観念して頬杖ついた。我関せずを貫くには、どうもこの少女は危なっかしい感じがする。酔いが醒めないまま、先程よりもちゃんと話を聞く姿勢に入った。 少女はよくぞ聞いて下さいました、と言いそうなほど大きな茶色の双眸を輝かせた。 「魔物狩り師連合拠点です」 「あー……」 その返答は驚くようなことではなかった。この町の魔物狩り師連合は会員の数も質もかなり優れていて、わざわざ遠くから退治の依頼を持ってくる人間は日々、後を絶たない。 しかし解せない点があった。 「連合はこっから北西、大通りを一マイル半進んだ先の丘の上だろ。全然方向違うぜ」 そう指摘してやったら、少女は首を傾げた。次いで懐から地図のような紙切れを取り出して、食卓に広げた。 青年は少し身を乗り出し、それを逆さのまま読み解く。思い出したように視界が揺らぐが、瞬けば治った。 「えーと。矢印がスタートでバツ印が目的地か。東門から入って、この十字の交差点で右曲がって、小道を二つ経て大通りだろ。道の名前も書いてあるし、わかりやすい地図じゃねーか。どうやって間違えたんだ」 「こうさてん……道の名前?」 また小首が傾げられる。十字型の交差点なんて、道が二つだけ交わっているという極めて単純な構造だ。 (なんだこの反応) 嫌な予感がした。そもそもこの酒場の位置は、地図に記された道から南に外れている。 「……方向音痴?」 というよりは地図が読めないだけかもしれない。 「いいえ、故郷では迷ったことは無いはずなんですけど」 「あんたの故郷ってどこだ」 おそるおそる訊いた。 「ファイヌィ列島です」 「つまり、ドのつく田舎から来たんだな」 青年は口元をひくつかせる。 田舎娘の面倒など見たくない。なんとか道順だけわからせて、関わるのを止めよう。 |
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