51.a.
2015 / 12 / 11 ( Fri ) 人生それなりにうまく行っていたはずだった。 ――どこで歯車が狂ったかなど、振り返ったところで何も生まれやしないのに。青年は町の一番人気の酒場の薄暗い隅の席で、浴びるように麦酒を飲んだ。卓上に出されていた分を一気に喉に流し込んだ後、ゴンと音を立てて前に倒れた。 (これで何度目だよ) 組んだ腕の中に頭を埋めて、ぐだぐだと思い悩む。 きっとすぐにまた仕事は見つかる。そしてきっとまたすぐに、お役御免になるのだろう。どうにも性に合う働き口が見つからないのである。 (ごめん、師匠……) うまく行かなくなったのは、人生の師を喪ってからだろうか。 彼は既に路頭に迷うような歳ではなかったし、一人で十分にやっていけるだけの精神力も生活力もあった。家族を火事で失い、親の友人に引き取られてから数年。その男も魔物狩りの任務中に命を落としてからというもの、実際に青年は二年以上は一人で生きてきた。 ところがどうだ。生活はできても――毎日が信じられないほどにつまらなかった。 何をしてもいまひとつやる気が出ず、勤務先でヘマをやっては追い出される始末である。しかし職種の需要は永続的にあるため、貯金が底をつく前に新しい町に移動さえすれば一応次の仕事は見つかる。 何度こうしたかはわからない。最初の内は数えていたものだが、段々と空しくなってきて止めた。 明日からその繰り返しかと思うと、うんざりする。 「あの、すみません。相席よろしいでしょうか?」 何故だかその時、可憐な声が頭上から降ってきた。普段ならともかく現在の精神状態では、全く喜べない状況だ。 青年は首をもたげて半眼で応じる。そのちょっとした動作だけでも目が回った。酒が効いてきているのは間違いない。 「よろしくない。席なんていくらでもあるだろ。他を当たれよ、なんでわざわざここに」 問題の人物はフード付きの外套を着込んでいるが、この薄暗い中でも、体格からして女なのはわかる。 「それがさっき大きな団体さんが入ってきたみたいで、他に席が無いんですよ」 女はフードを脱いでみせた。 「あぁ?」 若い女だ。十六、十七歳くらいだろう。少女は特別美しいわけではなかったが、佇まいと身なりからは清潔感が溢れている。丁寧に梳かれた胸より下に届く長い髪も、牛乳のように白い肌も、この騒然たる酒場では場違いなほどだ。 「あの」 あろうことか少女は椅子を引いて青年の向かいの席に腰を落ち着けた。こちらを覗き込むように首を傾けている。 波打つ髪は栗色だろうか。下ろしただけの髪型かと思ったら、耳より少し後ろに左右それぞれ三つ編みを一本編みこんでいる。その一本が、青年の肘をかすった。 「おい、そこに座るなっつってんだろ」 彼は自暴自棄タイムを邪魔されて苛立っていた。ところが少女は青年の睨みを気にも留めずに喋った。 「差し出がましいことを言うようですが、お酒の飲みすぎでは? 顔色が悪いです。お水頼みましょうか」 「うっせえ、ほっとけ。見ず知らずのあんたに何がわかる」 反射的に突き放した―― (しまった) 虚を突かれた少女の表情が、次には傷付いたように眉尻を下げたのだ。青年は反省した。いくら虫の居所が悪くても、流石に言い過ぎではないか。 (心配……ていうか親切心、だったんだよな) 元より彼は口が悪い。意識してそうしているわけではないのに、気が付けば当たりのキツイ言葉しか並べられないのだ。またやってしまった、と青年は己の情けなさに焦る。 「すみませんでした。ご要望の通り、放っておかせていただきますね」 が、少女はけろりとして笑った。何事も無かったかのように、メニューが書かれてある木板に目線を移している。 |
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