50.b.
2015 / 11 / 05 ( Thu )
 リーデンがヤン・ナヴィと死の舞踏を演じ、オルトファキテ王子がイェルバ・ジェルーゾの繰り出す灼熱と音波攻撃に対応し、ゲズゥが疾走していたのと時を同じくして――ミスリアは横たわったまま目を覚ました。おぼろげな視界の中に毛深い輪郭が浮かぶ。
 立派な螺旋を描く太い角をもって、四足歩行の動物が異形のモノと対峙している。

(……山羊さん……?)
 ぼんやりと熱を帯びた思考回路は、状況を飲み込めずにいた。目の前の生き物は、王子の話に出た動物なのだろうか。確か、険しい谷を往来するのに特化した山羊だ。渓谷の民にとっては生活を支える大切な資産。

 竜のような姿をした混じり物が、牙を剥き出しにする。獲物との間に入られて苛立っているようだ。
 山羊は怯まずに角を上下に揺らして威嚇した。ミスリアをのせた狭い岩の端にいながら、蹄が安定している。

 瞬いた間に、両者は絡みあった。
 その戦いに刮目するべく上体を起こそうとするも、腕に力が入らずに、パタリと倒れた。

「う……」
 次に瞬いた時、視界は別の映像と入れ替わっていた。
 この谷を舞台にして繰り広げられる獣たちの死闘――に違いないが、戦っている獣たちはどちらも翼を生やしている。それに、異様に大きい。比較対象は樹と岩しかなくとも、一目瞭然であった。

 そして、突風が吹き抜けた。それをきっかけに勝負の決定打が入り、聖獣は魔竜を制したのである。

(風……女神の救いの一手……)
 脳の片隅で何かが閃いた。
 突風が、打開策のヒントとなるのではないか。

 敵の巣窟を一掃するだけの聖気があればいいのに、とそもそもミスリアは考えていた。中で苦戦している人々を治癒し、巣くっている混じり物や魔物をせめて無力化できるだけの聖なる因子の流れがあれば。
 しかしここまでの広範囲に聖気を展開する力量も道具も、ミスリアには無い。

(ただ広げるんじゃなくて、風みたいに「吹き抜ける」イメージならどうだろう?)
 教科書に載るような聖気の使い方でなかった。それはきっと、秘術の域に迫るような方法になるだろう。
(触れた個々の物に、聖気が影響を及ぼすのはほんの少しの時間。完全に魔物を浄化したり、大怪我を治すだけの効果は無いかもしれないけど……)
 突破口にはなるかもしれない。

 ゴッ、と耳元で大きな音がして、ミスリアはヴィジョンから醒めた。
 岩が崩れている。獣たちが暴れた結果だ。山羊は次の足場を求めて跳び去ったが、当然、ミスリアにはそんなことはできない。

 掴める物を求めた。その間も、重力は無慈悲に引きずり落とすのを止めない。
 両手の爪が剥がれ指先からは鮮血が散ったが、それでもミスリアは掌に、手首に、腕に、肩に、持てる全ての力を込めた。

(早くなんとかしないと――!)
 岩壁そのものが聖地で、今だけなら自分でも特別な術が使えるのだと、ミスリアは感付いていた。
 谷に落ちたら、きっとこの機会は逃れてしまう。

 ――水晶を使えばよい。

 頭の中で声がした。というより、言語を成していたのかも怪しいようなただの振動だったが、何故か意味が伝わった。
(でもあれは、貴重な器だわ。それに私のアミュレットと合わせても足りるかどうか)
 つい答えてしまった。ちょうどその時、ミスリアの左手が取っ掛かりを見つけて、ずり落ちるのをなんとか止められた。

 ――構わぬ、たかが鱗よ。ほれ。

 何が「ほれ」なのかはよくわからなかったが、なんとなくミスリアは顔を上げた。

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