09.d.
2012 / 02 / 29 ( Wed )
「会ってみて、イメージと全然違ったのは認めるよ。そこはミスリアの見込んだ通りだね」
 どっちみち調査報告書の類から誰かの人間性を読み取ろうなど無理だったのだ。
 カイルサィートは立ち上がり、背伸びをした。

「そう思いますか?」
 ミスリアは何故か訝しげだ。
「彼が君の身の安全……というより命、を守り抜くだろうことに関しては心配してないよ。ほかに心配事は色々あるけどね」

 そのほかの心配事を口にすべきかどうか決めかねて、カイルサィートは隣の椅子に座る少女の反応をうかがった。
 ミスリアは椅子の端を両手で軽く掴んで、首をかしげただけだった。思い当たる節が無いようだ。

(教団内で育った女の子ってどうしても異性に対して警戒が足りないな)

 本当に誰も指摘してやらなかったのだろうか。その場にいなかったのだからわからない。
 ミスリアがようやく上の方にこの案件を持ちかけた頃は自分も仕事で忙しかったし、まともに別れを言う間もなく道が分かたれた。

(教皇猊下が許可を出したからいいのかな……いやでもあの人はちょっとアレだからね……)
 カイルサィートは一人でうんうん頷きながら腕を組んだ。

「そこら辺、君はどうなの?」
 背後に向けて問うた。
 返ってきたのは冷淡な声だった。

「幼女に欲情するほど女に不自由した人生を送っていない」
 にべもなく彼は言う。

 ほんの数分前に、ゲズゥ・スディルが音一つ立てずに近づいてきたことにカイルサィートはどことなく気づいていた。たまたま彼が目にも留まらないような小枝を踏んだからであるが、ミスリアにはそれが聴こえなかったらしい。背もたれに寄りかかって、彼女は振り返った。

「あれ、お帰りなさい……って、十四歳は幼女じゃありません!」
 最初は驚いて挨拶しだしたのが、言われたことを思い出して怒りを覚えた、といったところだろうか。彼女にしては珍しくぷりぷりした。

「欲情してくれなくて結構です。そういうのは恋人相手にするものでしょう」
 言葉の意味を真に理解しているのか怪しいな、とカイルサィートは思った。

 ゲズゥは首をならすだけでそれ以上何も言わない。
 彼は袖なしの黒いシャツと膝上までのズボンに、裸足という身軽そうな格好をしている。濃い色の肌を、汗が幾筋も伝う。

「それはそうとどこ行ってたの?」
「……走ってた」
 ゲズゥは裾を使って顔を雑に拭いている。

 ――なるほど、活発で何よりなこと。汗の量や服の汚れや足の細かい生傷から見て、一体何時間走っていたのやら。羨ましい体力だ。
 対するカイルサィートは剣の稽古をあまり定期的にこなさず、筋力も鍛えていない。純粋に感心した。たとえ実際は運動していたのではなく、どこかの様子見や情報収集やその他の可能性が真実であっても。

 夜の訪れも近いので庭の片付けを始める。ミスリアがテーブルの上から食器や容器を中へと運ぶ。ゲズゥと二人残されたカイルサィートは、テーブルの一端に立った。持ち上げるのを手伝うように頼むと、無言でゲズゥは応じた。
 二人の間に頭一個分に近い身長差がある。それを持ち上げる高さを調整して巧くカバーした。庭から出て玄関を回り、テーブルを教会の中の物置へ収めた。

「さてと。今晩は子供たちを泊めるし、ゆっくり休息しよう。明日は買出しに隣町に出向くと思う。また忌み地へ入るなら明日以降だね」
 掃除も終わり、食器も洗い終わった頃にカイルサィートは言った。隣でミスリアは皿を拭い、テーブルに向かってゲズゥは風呂上がりに林檎ジュースを飲んでいる。

「君たちは……どうしようかなぁ」
「と言いますと?」
 最後の一皿を拭き終わって、ミスリアがそれをカイルサィートに手渡す。

「湖の町に関わらない方がいいって言ったの、理由はいくつかあるんだけど」
 カイルサィートは渡された皿を頭上のキャビネットの中にしまった。

「たとえば国境で会った女騎士さん。あそこも彼女の管轄内でね、また会ったらややこしいことになりそうだな……」
 女騎士の下品な笑い声を思い出して、やれやれ、とカイルサィートは大げさにため息をついた。

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