47.f.
2015 / 08 / 26 ( Wed )
 張り詰めた糸みたいな緊張感を肌で感じ取り、ミスリアはその場に硬直した。
 外の世界は、淀みない闇に包まれている――裸眼にはそう見えたけれど、すぐ近くまで迫ってきている不穏な気配を決して無視できない。

 死角にきっと青白いゆらめきを発する何かがいる。
 服を着直す余裕が無い。ミスリアは掛けられていた自身の衣服から、水晶の収められている部分を探り当てて握り締めた。

 るうぅん、と唸り声がした。
 宙に人間の前腕ほどの大きな爪が三本現れ、手招く動作と似た形で振り下ろされる。幸いと爪の付け根の部分が洞窟の入り口につっかえ、空振りした。
 周囲を打ったあまりもの風圧に、ミスリアは肘で顔をかばう。

(この臭い! やっぱり魔物!)
 かざした腕をどけると、既に魔物の手の動きは止まっているのが見えた。否、止められていた。手の平に該当する部分に錆びれたナイフが下から突き刺さっている。一瞬後、異形が怒りに暴れ狂う。
 ゲズゥの舌打ちが聴こえた。

 ナイフを放し、彼は今度は甲羅に覆われた毛深い手に体当たりした。
 魔物が手を引っこ抜いて咆哮する。

「まずい」
「え?」
「下がれ!」
 それ以上の反応ができる前にゲズゥに奥まで突き飛ばされた。遅れて、激しい振動が四方を震わせる。

(ひっ)
 尻餅付いたまま顔を上げると、内外を繋ぐ唯一の入り口が巨大な面貌によって塞がれていた。たとえるなら胴体以下はアルマジロという動物に似ているとして、頭部はモグラだ。目を持たなくて鼻は星に似た面妖な形をした、珍しい種のモグラを模した異形のモノ――
 それが、何度も頭突きをしている。壁は所々砕け始め、入り口が少しずつ広がっている。

(このままじゃ、崩れる!?)
 恐怖に腰が抜けたのは不可抗力だ。
 侵入を許してしまうのは恐ろしい。けれど、生き埋めにされるのはもっと恐ろしい。
 振動が全身を抜ける度にミスリアの息が荒くなる。こんなに頑張って呼吸をしているのに、窒息しそうだ。

 恐ろしい未来と繋がる、見えない線を遮るように。涙の滲んだ視界の中心で、青年の姿がぼうっとゆらめいた。
 ゲズゥの手にはマントがあった。それを低く構えたまま火の上を飛び越え、彼は一拍だけ立ち止まった。

 ――ズン!
 次に猛獣の頭突きが繰り出された時、いよいよ入り口は突き破られた。
 瞬時に、炎の燃え移ったマントがぶわっとその頭部を包む。青年は魔物の背に飛び乗り、燃え上がる布ごとその首を抱きかかえた。
 くぐもった断末魔によって、ミスリアは我に返った。

(私も動かなきゃ)
 驚嘆を押しのけながらも這い上がり、ミスリアは聖気を展開した。
 
 ――でも、この人はどうしていつも迷わずに前に飛び出せるのだろう――。



燃える布で覆う展開、前にもなかったかな(不安)
あったよ! って思う人、こっそり教えてね…。

@みかん様
!? 前回の話にかっこいい要素なんてありましたっけ!?

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