09.a.
2012 / 02 / 24 ( Fri )
 聖堂を挟む両側の大きな窓から差し込む朝日に負けず劣らず、集う人々の雰囲気は明るい。一、二週間ぶりの再会を喜んで人々は言葉や握手や抱擁を交わす。一度席に落ち着いた者も、知り合いの姿を見かければ大声出してまた立ち上がる。

 どこの教会も紫期日なら、このくらい賑わうのが当然だ。

 皆、こぎれいに髪型や服装を整えている。女性ならパステルカラーの生地にフリルのついたドレス等が華やかで、男性なら金色ボタンの並ぶ高い襟のシャツが目に付く。とはいえ行き過ぎた煌びやかさはなく、謙虚な格好をした者ばかりである。
 ミョレン国に階級があるなら、今この場にいる誰もが庶民に違いない。多少無作法にも見えるが、堅苦しい礼節よりただ体温の交換を目的とした挨拶には好感が持てた。

 聞いた話では、大半以上の参拝者は湖を囲った隣町から来ているらしい。ほかは、近隣の集落や小さい村からわざわざ典礼のために通う人間がほとんどだ。彼らは自分たちの教会が無かったり、司祭以上の位を持った人間が町からいなくなったりしたのが理由でここまで来ることになる。思えばヴィールヴ=ハイス教団は万年人手不足であった。

 決して豊かとはいえない暮らしの中で、彼らにとって典礼は精一杯働いた一週間を労わる特別な潤いだ。同時に、これからの一週間を迎えるための元気付けでもあった。
 たとえ国政があやしかろうが疫病が流行ろうが、神の愛と慈悲を信じる民ならば健気に通い続けるものだ。いや、むしろ不穏な世の中だからこそ祈祷したいのだろう。

 まだ始まるまでいくらか時間がある。
 正装した可愛い子供の兄弟が通路を走りぬけ、間もなくして最前列に座した母親に叱責を受ける。

 入り口付近に立つ聖女ミスリア・ノイラートは、その様子に自然と頬を緩ませた。たくさんの人のざわめきを意識からやんわりと除去しながら、もう一度聖堂を見渡す。

 身廊の右側。前から五列目の真ん中辺りに、その姿を見つけた。祭壇に近づきすぎず、さりとて離れすぎず。その列には、通路側に若そうな夫婦が一組座っているが、他には亜麻色の後ろ頭の青年一人しかいない。
 どうしてか、そこだけ空気が違うように思えた。

 青年は紙の束の上に、白い羽根ペンを滑らせている。右手ではなく左手を使って左から右へと字を連ねるのは苦労しそうなものだが、青年は難なく書いてみせていた。

「聖女さま、おはようございます!」
 中年男性にすれ違いざまに礼をされた。男性式の、片腕を腰近くで折って前にお辞儀をする形である。
「おはようございます」
 ミスリアは笑顔を浮かべて礼を返した。女性式の、両手でスカートを広げる形だ。

 既に本日八度目である。聖女の純白の衣装は人の注意を引きやすく、また、こんな地域に聖女が姿を見せるのも滅多に無いのか、珍しがって話しかけてくる人は多い。その都度なんとか深く訊き込まれないようにのらりくらりとかわしている。

 人と人の間を抜けて、ミスリアは五列目まで歩み寄った。

「カイル」
 自分と似通った白装束を着た彼に声をかけた。
「ああ、おはよう、ミスリア」
 まるでそれが定まったひとつの流れだったみたいに、聖人カイルサィート・デューセは右手でサッと紙束を半分に折って祈祷書の中に挟み、左手で羽根ペンをインクボトルにさしてボトルごと床に置いて仕舞い、そして頭を振り向けた。

「隣座る?」
 いつもの笑顔だった。優しげな目元や琥珀色の澄んだ瞳からは、何かを隠そうとしている心の翳りが表れていない。
 気にはなるけど、ミスリアは友人に追究しないことを選んだ。誘われたままに彼の隣に腰をかける。

「そういうところ変わりませんね」
 少し笑い、首を横に傾げた。
「ん? どういうところ?」
 カイルが話しながら口元を吊り上げる。
 う~ん、と口に手を当てて考え込んでからミスリアが答える。

「ほどよく人と距離を取っているところでしょうか」
 彼が選んだ座席について言っていた。それから、知り合いも多いだろうに誰とも会話せず、誰をも近寄らせなかった点か。
 書く作業を進めるためにたまたま今日はそうだったのかもしれない。しかしミスリアの記憶の中のカイルも、いつも程よい席を取っていたのだった。

「ああ、そういうことね」
 すぐに思い当たって、カイルがゆっくり頷く。

「ミスリアも昔からそんな感じだったよ? 他人と一線画したみたいな接し方」
「う……」
 言い当てられて、ミスリアは口ごもった。

「まあだからこそ、僕らは友達になれたんだっけね」
 やはりカイルは爽やかに笑うのであった。釣られてミスリアも笑う。

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