44.c.
2015 / 06 / 10 ( Wed )
「知らない」
 質問の意味を吟味する間も置かずに、リーデンがそっけなく返事をした。
「知らない?」
 聖人がオウム返しに訊く。

「そ。誓って、嘘偽りは言っていないよ。族長だった父さんは僕には何一つ教えてくれなかった。この眼について僕が持っている知識は、自分で考えたり経験したり、或いは従兄たちに聞いた話だよ。由来とか本質とかそういった核心に迫る情報は、何故か秘匿されてたってこと」

「じゃあもう誰にもわからないんですか」
「そうとも限らないよ。兄さんは、族長に直に聞いていたはずだから」
 落胆気味なミスリアの言葉を聴いてやっと、ゲズゥは自分にも話が振られるかもしれないと察した。案の定、弟の視線を感じる。

 緑色の瞳と目が合った。色付きのコンタクトとやらに覆われた左眼が妖しく光ったように見えた。
 一同の注目を浴びて、ゲズゥは無意識に唾を飲み込んだ。
 何故これまで一貫してミスリアにさえも隠し通して来たのかと問われても、確固たる理由を答えることはできない。単に説明するのが面倒だったのもまた、事実だ。

 心の奥底では一族の証たる「呪いの眼」を怖れているのかもしれない。たとえば他人、特に旅を共にする相手に、みなまで知られることを恥と捉えているのかもしれない。
 確実なのは――自分でも理解し切れていない現象を他者に説明するのは無駄だと、そう感じている点だ。

 再度一考してみると、それは大した問題にならないのだと判断した。何故なら話を聞く三人の理解力はおそらく自分のそれを遥かに超えているからだ。
 そして、他ならぬリーデンには知る権利がある。子供だ弟だと思っていても時は過ぎるのを止めない。冬生まれのリーデンはもう十八歳のはずだ。二十歳になるまで残り二年と無い。今話さなくとも、いずれは必ず伝えねばなるまい――。

 一度ため息をつき、次いで深呼吸をしてから、ゲズゥは由縁について打ち明けた。

「始祖は魔物と一体化して超人の域に到達しようと目論んだ…………コレはその名残だ。実験は果たして成功したのか失敗したのか、結果だけをとってもどちらとも言えないがな」
 相対する三人は各々目を見開いた。話してもらえたことに驚いたのか、内容そのものに驚いたのか。多分両方だろう。
 数秒の沈黙を最初に破ったのは聖人だった。

「魔物と一体化って。これはまた、とんでもない事実をぽろっと零してくれたね」
「…………」
「混血、ってわけじゃないよね。魔物に繁殖能力は無いし。かと言って魔物のままで存在しているわけでもないのかな? どうにかして人間の身体に根付いた……そうでないと、君たちは昼間は左眼が霧散して消えるはず」

「原理までは伝えられていない」
 聖人に倣って少しは考えようとしたものの、ゲズゥは既に面倒臭くなっていた。生活の、肉体の一部でしかないモノを他人が大事として騒ぎ立てるのはどうにもいただけない。そんな流れになる前に話題を転換しようと、口を開いた。俯いて表情の見えなくなっているリーデンはひとまず視界に入れないことにした。

「そんなことより、次の行き先は」
 呆然とこちらを見上げる少女に問いかける。聖女ミスリアはぴくりと肩を震わせ、気を取り直すように頭を振った。
「えーと、渓谷です。向かい合う面にそれぞれ寄り添う民家が立ち並んでいて、架け橋もいくつかあって。一番標高の高い領域には教会が建っていたかもしれません。それから、後は何でしたっけ――」
 ミスリアが口頭で描く風景には心当たりがあった。ゲズゥは記憶の中の地名を一言呟く。

「カルロンギィ」
「ああ、北東の都市国家の一つか。これはまた難関だね。都市国家群の中は教団の影響力が弱いし、共通語もあまり浸透していないらしいね」
「でも兄さんは結構長い間その辺に住んでたんじゃないのー? 勝手ぐらいはわかるでしょ」
 聖人の発言の後、俯いていたリーデンがパッと顔を上げた。銀色の尻尾が軽やかに揺れる。

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