43.a.
2015 / 05 / 05 ( Tue )
 ――何が目的だったのか、だと?
 愚か者どもめが。私が大臣の座などに執心しているとでも思ったのか。そんなものは目的ではなく、手段に過ぎない。
 私はただあの男を貶めてやりたかった。

 ――誰を?
 知れたことを。奴に決まっているだろう! 私の最愛の妻をたぶらかし孕ませておきながら、何食わぬ顔で今日も玉座に座しているあの男だ!
 私は……奴の腹心を一人ずつ封じてやる予定だった。

 ――失脚に追い込む?
 生易しい。恐慌状態に陥れて、折を見てかどわかすつもりだった。弱みの一つ二つ作って再び世に放つのさ。だからあの女を使った。あれは良くできた駒だ。昔から、私が望めばその通りに動ける、実に優秀な女よ。
 最初は老害の空いた席に私が滑り込むはずだった。そこから更に一人ずつ手中に収め、最後には帝王に与(くみ)する人間を一人とて残さずに掃く予定……だが貴様らの所為で総てが台無しだ!

 ――王子?
 あの薄汚い小僧か。幸い奴は中途半端に帝王にも我が妻にもあまり似なかったが、どうにも腹を痛めて産んだ妻は愛着を持ってしまったようでな。遠目に眺めるだけでいいからとせがむものだから、屋敷に置いてやったのよ。憎きあの男の倅(せがれ)なぞ、私は絶対に目に入れないように生活していたがな。

 そんな妻は得体の知れない病で逝ってしまった。聖人連中にも治せなかった、心の病だったと言われている。妻の心が乱れたのはやはりあの男と小僧が原因であろう。最期には我らの嫡男の顔を忘れるまでに病んでしまっていた。ほら、わかるだろう? 私が何もせずにこれまでのように、帝王に仕える貴族のままでいられるはずが無かろう?

 妻が他界したからには小僧の方は殺して楽にしてやろうとも思ったが、そうすると魔物になって我が血族を呪うかもしれないと聞く。ならば仕方ない。
 ふん。思えばあの時、あの女ともども見逃して何年も生かしてやったのに、恩を仇で返す餓鬼どもだ。

 まあいい。好きにしろ。露見した以上、私は抵抗などせんぞ。
 なに、家が没落しようとも我が子たちが自力でどうにかする。甘ったれなぞ一人も私は育てておらんからな。

 ――貴族の伝統? 知らぬわ!
 あんな男含めた腐り果てた王族に仕えるのが命運だなどと、私は認めん! 

 ああ、メディアリッサ、生涯ただ一人の愛しき我が妻。安心しておくれ。たとえ火の中水の中牢獄の中、私は君への愛を貫き証明する。

 帝王なぞ、永遠に赦さぬ。赦すものか――――――

_______

(愛って、なんなんだろう)
 聖女ミスリア・ノイラートは、後になって件の男性の供述を聞かされた。それはあまりに激しかった。考えれば考えるほど、彼の心情がわからない。
 腐り果てたと言えるような王族なのかも、わからない。帝王は後宮では飽き足らず人妻にまで手を出すほど女癖が悪くても、君主としての手腕はそれほど悪くないようだった。帝国と三つの属国は均衡を保ち、国民の生活もおおよそ安定している。

(デイゼルさんのことだって。男性は自分の子供じゃないからってそこまで邪険にするの……? 愛する奥様と一緒に大切するって選択肢は無かったのかしら)
 嫉妬、その辺りの心境はやはりミスリアにはよくわからなかった。妻を赦して相手を赦さないのはわかるとしても、それを理由で誰かを永遠に憎むというのはいかがなものか。正直な感想、とても疲れそうな話である。限られた生の時間を憎悪にばかり費やすのを、勿体ない、と思う。

 それほど激しく燃える怨念の炎を彼はずっと押し隠してきたと言う。
 心を病んで亡くなられた奥様はどう思っていたのか。そもそも病の原因は本当に帝王陛下だったのか。今となっては、真相が明るみに出ることは無いだろう。

 小さな唸り声を上げながら、ミスリアは隣に立つ青年を見上げた。特に予定も無く、今日は二人で街中を買い物などしてぶらぶらしている。
 青年は羊肉の串焼きを片手に持って食べていた。
 こちらの視線に気付いて彼が首を巡らせた頃には、串の肉は最後の一つが口内へと消えようとしていた。

「ゲズゥには、愛する人って、いますか」
 ふと訊ねる。

 ――バキャッ!

「だ、大丈夫ですか!?」
 串を噛み切ってしまったらしい。一瞬、無表情が渋い顔に歪んだ。

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