42.g.
2015 / 04 / 21 ( Tue )
 聖人カイルサィート・デューセは人気の無い教会の食堂の片隅で、静かにミスリアの話に耳を傾けていた。長方形のテーブルで二人向かい合って座し、カモミール茶を間に置いて会談している。

 彼女は夕方にデイゼルという少年と交わした会話の内容を一通り話した。その間、カイルサィートは燭台の炎を見つめていた。話している相手と目を合わせないのは失礼だろうけれど、こうしている方が複雑な情報を整理しやすいのである。

「……なるほどね。何もかもが腑に落ちたよ」
 少女の話が途切れてほどなくすると、ぽつりと呟いた。ゆらり、炎が形を崩してはまた強く燃え上がる。
「本当ですか?」
 ミスリアが僅かに驚いて訊き返す。

「多分ね。事情は大体見えてきた。『ルードアク』は、現王陛下の家名だ」
「それではデイゼルさんは、ディーナジャーヤ国の帝王家の血縁者ってことですか!?」
「そうなるね」

 カイルサィートはしばしお茶を啜るだけの間を置いた。蝋燭の炎に照らされるミスリアの顔は青ざめているようだった。
 今度は自分が調べた内容を話す番である。寄贈者たちについて深く調べる内に、気になる人物が浮かび上がったことを。

「居間の暖炉の上にあった肖像画を覚えている?」
「はい。一組の男女が描かれていましたね」
「男性はね、大臣の席に空きができたとしたら、次に選ばれるであろう最有力候補だよ。そしてあの孤児院が建てられる少し前に奥方の方は亡くなられている」

「大臣候補ですか。ではやはり狙いは……」
 ミスリアはみなまで言わなかったが、意図は十分に汲み取れた。知れば知るほど、ティナの雇い主が狙っているのはあのお方の失脚ではないかと、状況は示唆しているのだ。

「ところでデイゼリヒ王子は、親について何か言っていたかい」
「会って話したことは無い、と……。どこかの屋敷の一棟に閉じ込められて使用人だけを相手に生活し、たまに遠くから見つめてくる綺麗な女性が居た、とおっしゃっていました。その人はきっと自分を産んだ母親だと、なんとなく感じたと」

 カイルサィートは右手の人差し指でトン、トン、とゆっくりとテーブルを叩いた。これもまた情報を吟味しているゆえの所作だ。

「屋敷を出たのはいつ?」
「三、四年前でしょうか。ある時急に追い出されて、直後、殺されそうな目に遭い――その時にティナさんに助けられたそうです。二人で幾月か浮浪してから孤児院に移り住んだと。ティナさんがどういう風にして孤児院を手に入れたのかまではわからないと言っていました。他の子供たちは後ほど預けられ、徐々に増えてます」

「そう…………彼が屋敷を追い出された時期と絵画の夫人が亡くなった時期はおそらく一致する。詳しい関連性はまだ不明とはいえ、推測するなら、デイゼリヒ王子を隠して生かす為に孤児院が建てられたんだろうね。彼含めた子供たちが里親を得ることも、誰かしら妨害しているのかもしれない」
 つい漏らしてしまいそうになるため息を、カイルサィートは手の甲を唇に当てることで遮断した。

(殺されそうな目に遭って……ねえ)
 誰かが一度はデイゼルを消そうとして、ティナが介入してから思い直したのか、それとも事情が変わったのか。

 身分ある者の落胤というのは存在を知られれば悪用されがちである。特に帝王の縁者ともなれば、王位継承権が発生するかもしれない。たとえ正当性に欠けても、謀反のタネにされてもおかしくはない。
 大人の都合で社会の片隅に追いやられ、或いは大人の都合で死に逃げることも許されない。子供たちが不憫でならなかった。彼らは好きでそう生まれたわけではないのに。

「とにかく後は、ティナさんの証言があればこの件は解決できそうだ。処罰についても交渉の余地は残っている」
 なるべく柔らかく告げてみると、向かいの少女がいくらか気を緩めたように瞼を下ろすのが見えた。つられて自分も頬を緩めた。

「それとミスリア……彼の望みを叶えることは可能だと思う、とだけ言っておくよ。十三歳の身でよく考え抜いてくれたものだよね」
「本当ですか!?」
 ミスリアの表情がパッと明るくなった。

「他の子たちにも、今よりもっといい生活を確保してみせる。本来なら子供の未来を支えるのは大人の役目だから」
「はい! ありがとうございます」
 椅子から勢いよく立ち上がり、ミスリアは長いテーブルを回り込んで駆け寄ってきた。何故わざわざそんなことを――と疑問に思っている最中に、抱きつかれた。
 相変わらず感情がストレートに伝わりやすい少女だ、と和みながらも軽く抱擁を返した。

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