41.d.
2015 / 03 / 14 ( Sat )
「身分……」
 ぼんやりとその単語を反芻した。思えばミスリアは聖女になってからは、ほとんど身分制度とは縁がない生活をしているし、極端な男尊女卑で嫌な想いをしたことも無い。島で育っていた頃なら、男女の役割の線引きが厳しかったかもしれない。

(あ、でも例のウペティギの城での一件って、城主が女性を道具・奴隷として扱ってたから起こったのかしら?)
 あれは特定の人間とその取り巻きたちが突っ走っていただけであり、助けてくれた設計士みたいな例外もいた。

「城下での女の働き口の少なさったらひどいものよ」
 ティナは更にそう続けた。
「そりゃあ女を力仕事に使ったら怪我させちゃうかもしれないよ。雇う側にしちゃあ男と比べて効率が悪くて損になるし、女はお断りでしょ」
 と、リーデンが応じる。

「力仕事は仕方ないわ。でも腕力を必要としない技術系の仕事や、文官がある。女が男とそういう土俵で肩を並べられない理由なんてないはずよ」
「ん~、女が官僚になるのって別にディーナジャーヤの法律じゃ禁じられてないけど。なんとなく、誰も後見人になりたくないだけじゃない?」
「それよ! 何で!?」
「女はすぐ感情的になるから政治に触らせたらひどいことになる、みたいな迷信の所為? ていうか妃が介入した所為で崩壊した王朝も歴史を遡ればいくらでも実例があるしね」

「政治に感情を挟んじゃいけないの!? それが民を想う心でも? そもそもね、ちゃんと教育を受ける女が少なすぎて、為政者の資格を持てる人間が増えないんだわ。技術者だって」
「その辺の事情は知らないなあ。それって女が勉強したがらないからだったら、自業自得ってやつだよね。それとも男が学校に行かせないの?」

「……両方でしょうよ! だって若い内は、男に寄生して尽くす一生って逃げ道が常に用意されてるのよ。それに甘える女も、強いる男も、平等な世界への道を閉ざしてる。でも、既存の『女の役割』に意義がないって思ってるわけじゃないわ。子供を産んで育てて、良い家庭を築くのだって大事な仕事なのよ。素晴らしい生き方なのよ」
 抱き上げていた子供たちを下ろし、ティナは肩で息をしていた。

「でも、現状を不満に思ったって仕方ないでしょ。女は自分が下等生物だと思い込まされ――刷り込まれてる。道具みたいに売り買いされても、抗おうって気持ちさえ持たないの」
 そう言って彼女は深く項垂れた。 

(すごい……)
 会話に入り込めない。というより、ついて行けない。論点があちこちに飛び過ぎていて、ティナにとっては何が一番の問題なのかがわからなくなってきた。
 ミスリアは子供たちと一緒に目を丸くして見守っていた。一人だけ、ゲズゥが我関せずの姿勢を保っている。

「結局はさ」
 そう切り出したリーデンは、不思議な微笑みをティナに向けていた。それは優しげであったり憐れんでいるようだったり、距離を置いて相手を観察しているようでもあった。

「ティナちゃんが求めてるのって、双方に共通した、尊敬の念だよね。だって、この先全ての女が職種を選ぶ自由を手に入れても、男に軽く見られてしまえば意味がない。たとえ技術の腕が上でも学問に秀でても、ひたすら家庭を守るのが生涯の役割でも、女が勝ち取らなきゃならないモノって」

「うるっさい! アンタなんかがわかった風な口きかないでよ、ムカつく!」
 ティナはリーデンの言葉を鋭く遮って廊下へと踵を返した。
 足音がどんどん遠ざかり、途中で複数の子供の「わっ!」と驚く声が響いてきた。

 そして舞い降りた静寂の中、リーデンが肩を竦めた。

(……勝ち取らなきゃならないのは、男性からの揺るぎない尊敬と、自身への尊重……つまり、自分の生き方に胸を張る、誇り高さ? それでいて、自分を卑下しちゃうような逃げ道に甘えない、向上心?)
 ミスリアは脳の片隅で何かが閃くのを感じた。

「気高い人ですね」
 誰にともなく呟く。するとデイゼルと目が合った。
 ダーティ・ブロンドのくせ毛を跳ねさせながら、少年は耳打ちする為にそっと身を寄せてきた。

「ティナ姉ってさ、よくああいうかんじにブチ切れるんだよ。でもいつもはオトコだろーとオンナだろーと、適当にしか相手しないんだ。もっと大人になれば目が覚めるよとか、変なことばっか言ってるから結婚相手がみつからないんだよ、とか。マトモに聞いて返事したのって、兄ちゃんが初めてだ」
「そうなんですか」

「うん。ティナ姉、ちょっとうれしそうだった」
 いひひ、とデイゼルも嬉しそうに歯を見せて笑った。ミスリアは苦笑いを返した。あの怒りっぷりからは嬉しそうだったなんて感想はとてもじゃないが浮かばない。

「だと、いいんですけど」
 なんとなくため息を漏らした。皆には仲良くして欲しいのに、仲良くすることの定義を見失いそうだった。
 当のリーデンならば既にティナには興味を失くしたらしく、兄の縄編みに手を貸す気なのか、楽しそうに床に腰をかけている。

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3/8は International Women's Day でしたね。タイムリー!

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