41.a.
2015 / 03 / 02 ( Mon )
 ちょきん、ぱさり――と、時折繰り返される日常的な音に、鉄が衝突し擦れ合う高らかな音が混じった。ハサミが髪を切り落とす音よりもその音が遠くに感じられるのは、建物の内外を隔てる壁が原因だ。
 こんな音もまた日常のように感じてしまうだけ、もう自分は平穏な世界と乖離してしまったのかもしれない、と聖女ミスリア・ノイラートは思う。

 目の前の窓ガラスの向こうには武器を交える二人の軽装の青年の姿があった。
 交錯しては離れ、また交錯する。彼らのやり取りにはギリギリまでに引き出された本気の攻撃性が含まれていた。ただの稽古をしているとはいえ、互いに遠慮がない。

「へえ、兄の方が地力は上なのね」
 頭上からティナ・ウェストラゾの声がかかった。ここは彼女が家とする孤児院の洗面所の中である。
「そうなんですか?」
「あたしにはそう見える。でも筋力や速さは凄くても、動きは大振りで剣の扱いもどちらかと言えば単調だわ。弟の方が手先が器用で変則的な動きや小回りが利くようね」
 ティナは自信ありげに評価を口にする。それに関して、ミスリアは感心した。自分の目だけではそこまで読み取れない。

「さ、大体こんな感じでどうかしら」
 ティナはよく磨かれた手鏡を渡してきた。映し出される己の姿を眺め回し、首を上下左右に動かしたりしてみた。生まれつきウェーブがかった栗色の髪が、全体的についさっきと比べて三インチは短い。肩にかかるかかからないかの長さになり、前髪も眉毛がちゃんと見える短さに変わっている。

「完璧です。ありがとうございますティナさん。手慣れてますね」
 お礼を言いつつ手鏡を返した。
「どういたしまして。いつも子供たちの髪切ってるからね……ほっとくとすぐもじゃもじゃし出すの」
「後ろだけなら自分で何とか切ってるんですが、前髪はどうしても変になってしまいます」

 旅の間は大体は伸ばしっぱなしにしている。前が見えなくて耐えられなくなるとイマリナに頼んだりもするけれど、彼女は基本的に忙しそうで、しかもリーデンの世話をしている時が一番幸せそうなので、どうにも頼みづらいのである。
 寒くなるので、本来なら真冬に髪を切るのは避けたいところだ。しかし切ってくれる人が居るのなら、早めに散髪するのも得策に思えたのだった。

「そりゃあそうね。心配しなくても、またいつでも切ってあげるわ」
 ティナはミスリアの肩から腰までを覆う布を、髪が散らばらないように手際よくまとめた。
「手伝います」
「あ、そこに立てかけてある箒を使って」
 椅子から飛び降りたミスリアは、ティナが指差した先を辿って柄の長い箒をみつけた。石造りの床に落ちた髪を丁寧に掃いて一箇所に集める。

「終わったのか! 終わったんだな!」
「ティナ姉遊んでー」
「みっすんも遊ぶー?」
 いきなり戸が勢いよく開き、十歳以下の子供たち三人が口々に声をかけてきた。

「まだ掃除終わってないから、ちょっと待ってよ」
「ケチ!」
「もう、自分たちで遊んでちょうだい。デイゼルー!」
 ティナは戸口に群がる子供を廊下に押し返しながら、孤児の中で最年長である少年を呼んだ。その間、ミスリアはなんともいえない乾いた笑いを漏らして鉄製のちりとりを取る。

(みっすん……)
 いつの間にかつけられたあだ名そのものに不満があるというよりも、年上の人間と認識されていない印象があって複雑だった。
(まあ、近寄りがたいと思われるよりはいいのかしら)
 ポジティブに考えようと、思考を転向した。

 そしてふと窓の外を見やると、そこからゲズゥやリーデンの姿がなくなっていることに気付く。
 深く考えずに窓際まで歩み寄り、花柄のカーテンを引いて視界をもっと広げてみた。しかしいくら見渡しても目が合う相手はリスやウサギくらいであり、裏庭は無人となっている。

「ねえ、ミスリアちゃんが捜してるのって、どっち?」
 声に振り返ると、青緑の瞳を意味深に輝かせたティナがすぐ後ろに居た。

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