39.d.
2015 / 01 / 23 ( Fri )
 思い起こされるのは聖女レティカの告白。彼女は己には準備や力が足りないと言っていた。性急過ぎた旅立ちにつれ、エンリオとレイが犠牲になったのだと。
 なら自分はどうだろうか。
 どこからどこまでが早急で、どこからなら用意周到と言えるのか。旅を成功させる為にはどんな強さが必要なのか、はっきりと正解が決まっているわけでもない。もしも決まっていたとしたら、とっくに聖獣は飛び立っているはずだし、必要な情報も修行の内に教えられていたはずである。

 四百年前に聖獣が蘇った際にも、もしかしたら大勢の犠牲があったのかもしれない。それでも当時の聖人聖女たちは前に進んだ。
 ミスリアは今一度、片膝立ちの姿勢でいる青年を直視した――幾度となく危機や絶望から引き上げてくれた手を。彼の前では意気阻喪といった概念は形を保てないようだった。

(私は貴方の強さに甘えてるのでしょうね)
 とは口には出さなかった。袖で目元を拭い、誤魔化すように微笑む。

「お姉さまの大願を代わりに実現したい、その為に発ちました。それが一番の理由です。だから決して、世界を救う為だなんて言えません。私は敷かれた大義に沿っているのであって……その上で自ら生きているのではないのだと思います」

 聖女を名乗り教団の意志を纏う者がこんな心意気では不足だと、自覚はあった。度々痛感する覚悟の足りなさもきっとここに起因している。姉のカタリアをはじめとした多くの人間が偉業を果たそうと、果たせると信じて目指しているのに。

 ミスリアには果たせる自信が無いし、どんなに己を騙そうとしても、結局は別の誰かの願いだ。
 幼い頃受けた影響が育ちすぎてしまった。今更いくら考えても自分のみから生まれるオリジナルの夢なんて何処にも見つからない。
 ふと思い出すと、どうしようもなく恐ろしくなる。

 ――本当は前に進むのも、戻って別の道を探すのも、怖い――。
 自分が実はとても空っぽな人間なのではないかと疑う。
 そしてこんな情けない「聖女」に世界の最果てまで付いて行くことを余儀なくされたゲズゥ・スディルは、

「理解した」
 と応じて立ち上がった。
「え? そ、そうですか?」
 やけにあっさりした返答に戸惑う。

「……存外、お前も、未来に何も望んでいなかったんだな」
 続く無表情での一言。ミスリアは唇を凍らせた。
「だからどれだけ人に囲まれても、孤独だ」
「――――」
 返す言葉を持たないまま、耳に付くほどの浅い呼吸を繰り返す。

「その一点に於いておそらく俺たちは……」
 黒い瞳に映る感情は同情のようで、しかしまた別の何かが含まれているようでもある――
 突如、空気が搾り出される鈍い音が響いた。空腹を訴えかける音だ。呼応するようにミスリアの胃の辺りもきゅっと切なくなる。

「そういえば昨晩から何も食べてませんね」
 清い身で年明けを迎えるべし、というヴィールヴ=ハイス教団から伝わった慣わしだ。ギリギリまで断食し、新年の到来を報せる鐘が鳴り響いた直後は、近しい者と杯を酌み交わして年初の食事を摂る。




>>驚きの発見<< これまでの「聖女ミスリア」に「希望」の二文字を検索かけてみたら、なんと三回しか使われていなかった!

この会話は連載が始まる前から書きたいと決めていた場面の一つです。場所や台詞など、イメージからは大分かけ離れてしまいました。主にげっさんのキャラが原案ではもっと熱かったせいなんですが(ワロス) 今ではもうきゅうりよりも冷めてしまってます。

当初の予定よりも結構ミスリアは「自分を見失っている系ヒロイン」になってしまいました。小心者だけど必要あらば思い切りがよく、しかして「私は弱いんだわ、ヨヨヨ」と思い込んでいる節のある感じ。家庭もアレなんですが、それはまた別の機会に。

目指せ、脱・思い込み!


拍手返信@みかん様:
炊飯器が無いということは……釜飯派ですか!?

拍手[4回]

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